その12 その日の夕方。喫茶店に集まった3人は、曲に向けて意見交換をする。
「曲って大体何分? 4分くらい?」
ブラックコーヒーにミルクと砂糖を入れながら、テーブル席に座るイチヤは2人に訊く。
「時間もないし、今の私達にはその長さは難しいんじゃないかな」
正面の席に座るナミダは、ミルクティーのカップを手に取る。
「やるなら2分弱だな。結成したばかりのバンドを知ってもらうには、1分じゃ物足りない」
イチヤと隣に座るイッカンはそう言って、ブラックコーヒーを一口飲んだ。
白黒からカラーへとテレビが移り変わり始めた時代、ポップミュージックの基盤とも言えるヒット曲の数々は平均2分半ほどしかなかった。そこから曲の長期化が始まると4分弱となり、さらに時代を経た今は平均3分半となっている。
あと一か月でなんとか完成ができ、曲として十分に成立する長さをイッカンは提案した。
「2分も短くない?」
「そうでもないぞ」
イッカンは携帯端末から、今もなお演奏されるバンド曲を幾つかピックアップし、イチヤに聴かせた。
「えっ、音楽の授業で聞いた事ある。これってそんな短かったんだ」
2分の曲にピンと来なかったイチヤも、納得した様子で呟いた。
「私も、それ位が丁度良いと思う」
ナミダも賛同し、2分の曲の制作が決まった。
「それじゃ、次はどんな曲を作るかだ」
「イッカンが前に言ってた……ラウドロックだっけ? あれはどんなの?」
「俺の主観では、激しくて力強いサウンドをシンプルに演奏して、色んな要素を取り入れたジャンル付けが難しいロックだな。どれにも当てはまる部分はあるが、どれとも合致しない。お約束な要素入れたりなかったり、ヘビィメタルやパンクロックを取り入れるバンドもいれば、普段着みたいなラフな格好で演奏するバンドもいる」
「お約束?」
「デスメタルだとデスボイスだな。他にも、ドラムのソロパートを入れるとか色々と」
ラウドロックは、ハイカラシティを含む一部地域で生まれ、広まり始めたジャンルだ。
ヘビィメタルやハードロックなどから派生したジャンルの一種とされるが、ウドロックは明確なジャンル分けをする為のカラーが無い。
〈こういう所がパンクロックやヘビィメタルと違う〉と特徴よりも違いを説明した方が早い曖昧なジャンルなのも相まって、その名は海外ではまだ通用しない。
「比較的新しいロックだから、今まさに発展中なんだよね。ジャンルの型がない分、自分達の持ち味を存分に出せるけれど、色んなものに手を出し過ぎて中途半端で中身が空っぽになり易いから、注意が必要かな」
「ふーん? 割と自由に曲作れるロックなんだ?」
ナミダの説明にイチヤはぼんやりとだが理解してくれたようで、イッカンは安堵する。
「そんなところだ。だから、イチヤの頭の中にある曲を無理やり弄らなくても済むぞ」
イチヤの伸びのある高温の歌声や、津波のように押し寄せ、炭酸の様に弾ける曲を下手に型に収めるのは悪手だ。持ち味を遺憾なく発揮するには、様々な要素を取り入れられるラウドロックが最適なのだ。
「イチヤだけのアイデアだけで決めるのは、反対」
「当然、ナミダの意見も聞く。こいつのアイデアだけだと、2分弱で納めるのは難しいからな」
まずは全体のイメージを固めていこう、と言う話になり、イチヤとナミダは意見を出し始める。
「最初にドガーンって弾けてバシッと貫いて」
「ムーディーで柔さの中に棘があって」
「それでズガガーンと走って」
「滑らかさと疾走感を中心に、節々で速さと遅さによる爆発力があって」
「最後にダン!って来て、ドーンってなる感じ!」
「聞き終えたヒト達を昇天させるような威力と静寂を与えるの」
アイデア出しとは????
楽しそうに話すイチヤとナミダとは裏腹に、イッカンは心の距離が遠のきかけた。
方や効果音。方や独特な自分の世界感。
変な所で共通点があり、これを采配するのがリーダーの役目だろう。
だが、このバンドのリーダーはイチヤである。
「……イチヤに一票」
悩んだ末に、イッカンは言った。
「よっしゃー!!」
「えー」
ガッツポーズを取るイチヤに対して、ナミダは小さく肩を落とす。
「一曲目はバンドの方針、主軸になるもんだ。メンバーの力量や元々やりたいジャンルが決まって集まった連中ならともかく、一曲目からムーディーな感じなんて難易度高いぞ。それに」
イッカンはそう言いながら、イチヤの肩に手を乗せた。
「イチヤを見て見ろ。無縁だ」
「そうだね」
「即答!?」
声を上げるイチヤだが、パッと頭の中にムーディーな曲が思いつかない。認めるしかなく、なんだか悔しくなった。
いつかムーディーな曲を作ってやるとイチヤは心の中で決意した。