片翼 一話? ***
「余獣も含め討伐完了。これより第一部隊は有明りんかい基地へと撤収する」
「了」
鳴海の声が第一部隊の隊員の耳に届く。現場で最前線に立つ鳴海から、討伐完了の声が届くこの瞬間、隊員全員の背筋が伸びる。この人の元で戦い、今日も無事に完遂できた喜びをじわりと噛み締めるのだ。たとえ鳴海の姿が、自分の配置からは見えなくても。そして鳴海は、隊員の返事を聞いた瞬間に、ほ、と無意識に息を吐く。自分の部隊から犠牲者の報告があがっていないことに、心底安堵して。ガシャン、と専用武器が瓦礫とぶつかる音が響いた。
「……はぁ」
専用武器の重さに導かれるように、そのまま膝をついた鳴海の耳に、長谷川の声が届く。個人の通信だ。
「鳴海、清掃業者が来る前に撤収するぞ。……どうした?」
呼吸の音しか聞こえていないくせに、長谷川は毎度やけに察しがいい。鳴海が抑えきれなかった舌打ちが通信に乗る。
「長谷川か。どうもしてない。先に帰っててくれ」
「なんで」
「なんでもだ。隊長命令だぞ。……ンぐ、」
鳴海の、呼吸が詰まる。
「鳴海?」
「は、長谷川。大丈夫だ」
ひゅ、と空気の抜ける音が長谷川に届く。そして、ブツン、と通信が切られ、いよいよ長谷川も眉間に皺を寄せた。
「あの……バカ!」
長谷川が鳴海に届かないと分かっていながら言葉を吐き捨てたとき、通信の向こうでは鳴海が瓦礫の山に倒れ込んでいた。
「……はっ、は……ヴっ…」
ナンバーズスーツの硬い素材が胸を圧迫する。眼前の瓦礫は、ぐにゃりと歪んで見えた。視界の異常さに抗うようにぐいと目元を拭えば、グローブが血で濡れた。
「ゔ……」
鳴海が、ギリ、と歯を食いしばる。乱れる呼吸に、出血。何もかもが”敗者”を示しているようで、悔しいのだ。なにも今日の討伐が大規模だったわけではない。起きないに超したことはないが、言ってしまうならば、第一部隊であれば何の心配もいらない、そんな規模の怪獣災害だった。その事実が余計に鳴海を苛立たせる。
「鳴海隊長? 聞こえますか?」
オペレーションルームからの通信が繋がれる。耳に直接流れ込む、機械を通した音声が、キンと鳴海の頭に響いた。
「バイタルに乱れが見られるうえに、位置情報が動いていないので。医療班を要請しましょうか?」
オペレーターの冷静な判断が痛い。鳴海は嘔吐感を無理やり飲み込んで、ゆらりと起き上がる。専用武器にもたれかかるようにして、やっと立ち上がった。ぽた、とコンクリートに染みを作った液体が、汗なのか血なのか、分からない。
「粉塵で少しむせてただけだ。必要ない」
「しかし…」
まだ言葉を続けるオペレーターからの通信を、鳴海は切った。ぐらぐらと揺れる視界の中、一歩、踏み出した。ただ、片手に持った専用武器が付いて来ず、点滴を転がすことを忘れた子どものようにつんのめる。武器すら持ち上げられないのか。スーツを着ているのに。
「……は、はぁっ、ハッ……うそ、嘘だ」
それを自覚した瞬間に、鳴海の呼吸が乱れ始める。飲み込んだはずの嘔吐感が再度訪れる。
「ン……」
ふわ、と気を失う前の、一瞬の浮遊感に鳴海が襲われたときだった。ビー!と警告音が鳴り響いた。鳴海のスーツからだ。鳴海が、反射ではっと目を見開く。
「オペレーションルーム! 長谷川だ。鳴海の近くにいる。即座に回収し基地の医療班へ繋ぐ。準備を頼む」
何よりも先に報告を飛ばしたのは、長谷川だった。鳴海との通信が途切れてから、鳴海の位置を確認して移動していたのが、功を奏した。オペレーションルームも、その声に応える。
「り、了! ナンバーズスーツからは呼吸障害と脳への負荷の警告が出ています! 気道を確保しての移動をお願いします」
「了」
倒れる寸前の鳴海を受け止めた長谷川が、鳴海に声をかけ続ける。
「鳴海!……鳴海! ナンバーズスーツの使用負荷についてはこの前も話しただろう! また限度を超えて演習にも使用したな!?」
「かんけい、な……い」
かろうじて返事をする鳴海に、長谷川の焦りばかりが募る。
「あるんだよ! 俺には」
功さんが遺した、お前という戦力を、失うわけにはいかないんだ。そして俺が、防衛隊にお前が必要だと思っているから。そんなことは、こんな場面で口に出せるわけもなく、長谷川はただ、基地へと急いだ。その間、鳴り続けていた警告音は、長谷川には死のカウントダウンに聞こえた。ぐったりと腕を垂らす鳴海はまるで、人形のようだった。
***
聞き慣れない警告音が、暗闇に響く。鳴海隊長!と叫ぶ声が幾重にも重なっている。子どもたちの泣く声が聞こえる。
うるさい。ボクは、大丈夫だから。
誰かに守られずとも、生きていけるんだ。
駆動限界なんて知らない。戦えなければ意味はない。
スッと警告音が消えたと思えば、暗闇に無数の目が浮かび上がった。いくつもの視線が、鳴海を刺す。
─鳴海なんて、無能だ。お前のせいだ。
─防衛隊は、全員を救えるわけじゃない。
─妹を救ってくれなかった鳴海のこと、ずっと、許せない。
「ハッ……!」
ガバ、と鳴海が身を起こす。見慣れた基地内病棟だった。汗で張り付く院内着が、不快感を覚えさせる。どうしてここに? 記憶を辿ろうとあたりを見渡す。
「起きたか、鳴海」
「長谷川……!」
「あまり動くな。落ち着け」
今にもベッドから抜け出しそうな鳴海の肩をそっと押さえ、ゆっくりと寝かせた長谷川が、大きく息を吐いた。
「この前の討伐の帰りに倒れたことは覚えているか?」
「……? オペレーションルームに医療班は要らないと返したところまでは」
輪郭がぼやけている記憶を、必死に手繰り寄せる。
「そうか。その後お前は倒れて俺に回収された。呼吸障害と脳への負荷が原因だ。それからお前は丸一日意識を失っていた」
「え……?」
嘘だ、という顔をする鳴海に、長谷川が首を振る。嘘じゃない、と。
「今は、お前が倒れてから2日目の夕方だ」
「この2日間の怪獣災害は」
鳴海が噛み付くように問う。
「起こっていない。当然、被害者も出ていない」
その返事を聞いて鳴海がやっと落ち着くと、長谷川が鳴海と視線を合わせた。─説教だ。鳴海の勘がそう告げる。
「結論から言う」
は、と息を吐いたのは、どちらだったろうか。
「鳴海。本部からスーツ、Rt-0001をはじめとする識別怪獣兵器に一定期間の使用制限が言い渡された」
長谷川がそう言うと、ピリ、と空気が凍った。
「ハァ?」
「今回の検査結果で、識別怪獣兵器の使用による負荷に関係する異常が多く見られた。これ以上、無理に使用するとお前の身体が持たないという、医療班と本部の判断だ。お前に拒否権はない」
直後、鳴海の手が、長谷川の胸ぐらを掴んだ。されるがままに引き寄せられた長谷川の後ろで、椅子が転ける音がする。
「ボクの身体だぞ。他人にどうこう言われる筋合いはない。まだ、戦える」
「お前を大事な戦力だと思っているからこその判断だ。さっきも言ったが、お前に拒否権はない」
ぐるる、と喉の音が聞こえてきそうな威嚇は、長谷川には効かない。じっとりと長谷川を睨んでいた鳴海が、一度目を伏せてから大きく深呼吸をした。
「……識別怪獣兵器を使えない間、ボクの装備は」
鳴海が手を離す。乱れた隊服をなおしながら、長谷川が座りなおす。鳴海にしては早い受容だ。
「基本ノーマルスーツだ。専用武器は使用許可が下りている。……が、2日間意識を失っていたに近い状態にあったことを踏まえ、そもそもお前は非常事態以外の出動を許されてない」
「ハァァ〜〜?? この、最強の鳴海弦が〜〜??」
ほんとうに2日も声を出していなかった人間とは思えないくらい、大きな声が響く。戦場での指揮権は、そもそも長谷川が持っているようなものなので、その点において困ることはない。鳴海が戦線を離脱したときに大きく変わるのは、戦力で。戦力だからこそ問題があるのだが、本部はそれらを考えた上で鳴海を療養に専念させたいらしい。
「まだあるぞ、鳴海」
「あぁもう、これ以上なにを制限されるってんだ」
起きた瞬間から怒涛の制限ラッシュだ。鳴海ももういいかげんうんざりしていた。長谷川も連絡事項が多すぎて心労に耐えない。
「お前が戦線に立てない間、東方師団の戦力補助として宗一郎が来る」
宗一郎。その名を聞いた鳴海の表情は固い。西の保科宗一郎、東の鳴海弦。自分こそが最強だと誇示しても、隣に並んでくる男。好いているわけがない。
「嘘だ。流石に無理がある。9号は全国的に災害を起こしてくる可能性があるのに、遠方の西方師団から協力を仰ぐのは得策じゃない」
鳴海が長谷川を睨む。長谷川も、俺が決めたわけじゃないんだぞ、と前置きしながら鳴海を宥めた。
「まぁ、戦力補助というのはやや誇張した表現だったな。会議のために西から来るんだが、数日滞在する間、第一部隊に入ってもらうらしい」
「最悪だ……。ボクの部隊だぞ」
天を仰ぐ鳴海の、心情はといえば。
ボクの第一部隊に、侵入してくれるな。
苛立ちとも焦りとも言える感情が、鳴海を襲った。
***
続