【rnis】知らない「そうなんですか!」
「そうそう!でさ、」
「ははは、面白すぎ!」
凛は切長の目をさらに尖らせて、十数メートル先で知らない男と談笑している恋人を睨みつけた。当然彼に届く訳もなく、恋人は楽しそうに満面の笑みを浮かべている。ケタケタと楽しそうに笑い、手を叩いている。凛は一つ舌打ちをして、つかつかとぴょこりと揺れる双葉に向かって歩み出した。
凛と潔はいわゆる交際関係にあった。ブルーロック収監中からお付き合いを始め、今は共にフランスのチームでプレーをし、一緒に暮らしている。
今はチームのスポンサー主催のパーティの真っ只中。圧倒的な実力と、モデル顔負けの顔面とスタイルを持った凛には、当然のようにハイエナたちが群がった。私が私がと押しのけ合う女たちに辟易して、癒しを求めて恋人の姿を探していたところ、見つけたのが先の光景だ。
「でさ、その時社長が『俺も連れてけ。金なら出す』とか言い出して」
「え!社長さん、そんな可愛い感じなんですか?!人嫌いなのかと思ってた」
潔はモテる。女性ファンの多い凛とは違い、潔は老若男女に好かれやすい。潔に思いを寄せる輩は、母数が多い分変なのも多い。ブルーロックの面々がいい例だ。
凛との交際関係を正式に公表していないのも手伝い、潔を手に入れようと画策する奴は後を絶たない。いくら凛が潔との関係を匂わせても、それでもなおしぶとく潔に迫るのだ。潔は地球が産んだ世紀の鈍感野郎なので、全く気づいていないが。
今潔が楽しそうに話している相手も、明らかに潔に好感情を持っている。恋愛感情否かは関係なく、凛は気に入らなかった。
「顔怖いから誤解されがちだけど、実は寂しがり」
「そうだったんですね!じゃあ、今度からは俺からも話しかけてみようかな」
「お、それなら俺アポ組むよ」
「いいんですか?!」
「うん。じゃあ連絡先教えて」
潔がスマホを探してポケットを漁り出したところで、凛はその腕を掴んだ。
「りん?」
「あっちで監督が呼んでる」
「監督が?ちょっと待って。連絡先を交換してから…」
「早くしろ」
スマホを操作しようとするその手を引いてその場を離れる。後ろで潔が、わっ、ちょっと抵抗しているのも気にせず、腕を引いた。潔は諦めたのか、一つだけため息を吐き、すみません、後ほど、と言って大人しく凛に付いてきた。凛はち、と舌打ちをした。
姦しい会場を出て扉を閉めると、廊下は静寂に包まれた。
「で?監督は?」
「今日は別件でいないって言ってたろ、カス」
「はあ?!まじでなんなんだよ」
ぷりぷりと怒りながら扉にかけられた手を、一回り大きな手が覆う。
「凛?どうした?」
艶を持った前髪の隙間から、大きな青の瞳が不思議そうに見上げる。凛は何も言わず、じっとその瞳を見つめ返した。暫く見つめ合った後、潔ははっと気づいたように目を見開いた。
「え!なに?嫉妬?!」
気まずげにそらされた瞳が正解だと告げる。潔はアウイナイトをこれでもかと輝かせ、口元を緩ませる。ニヤニヤと笑いながら凛の意外と柔い頬をつついた。
「凛も可愛いところある〜!」
「うるせえ」
余裕の表情でからかってくる、申し訳程度に年上の恋人の口を、己の口で塞ぐ。繋がった唇のあわいから慎ましい水音が響く。
「んっ、ちょっと…りんっ…」
「ん…」
「まてって、ここじゃひとくる…」
弱々しく胸を叩かれ、名残惜しくも解放する。潔の頬を朱に染め、少しだけ息を上げている姿に下半身が熱を持ちかける。
「こういうことは帰ってから、な?」
妙に色香をまとった唇で、出来の悪い子供に言い聞かせるように諭される。凛は舌を鳴らし、潔の手を引いて会場へ戻った。色めき立つ人々なんぞ目の端にも入れず、ロキのもとへと直行した。何かを告げた後、ロキが頷いたのを確認して、そのまま会場を出る。
「凛?帰るのか?」
「早く荷物受け取ってこい」
ロビーで預けていた二人分の荷物を受け取り、いつの間にか凛が手配していたタクシーに乗り込む。
暗い街に浮かぶ光が前から後ろへと流れていく。
頬杖を突いて窓の外を眺める凛を、盗み見た。街の光が端正な凛の顔を照らし、堀の深さを強調する。輝く新橋色が美しくて、潔はつい見惚れてしまった。
ふと、凛が潔の方へ視線を向ける。潔はぎくりと体を震わせて、目を逸らした。凛の手が潔の頬に伸びる。すり、と親指で唇を擦り、そのまま離される。
(早く着いてくれ)
潔は赤くなった頬を隠すように俯き、誰にともなく祈った。
「んっ…ふぅ…りん…」
「はっ…」
二人の吐息が混じり合う。くちゅくちゅっと唾液の混ざる音が暗い部屋に響いた。
タクシーを降りて、玄関の扉を閉めるなり、凛は潔の後頭部を鷲掴み唇を覆った。呼吸を奪うようなキスに、潔は腰を抜かしかけた。その震える腰を凛の逞しい手が抑える。股同士が密着し、互いの熱が直に伝わる。
銀糸を引いて、二人の唇が離れる。はぁはぁと途切れ途切れの呼気が響く。
「りん…どうしたんだよ。いつもはこんな急じゃないじゃん」
「うるせえ…」
凛は、潔の体を強く抱きしめる。潔は、苦しいって、とくすくすと笑った。
「そんな焦らなくても俺はお前から離れないよ」
凛の腕の力が強くなる。潔はぽんぽんと背を叩いた。
「りーん」
「…お前はいつも知らない笑顔で誰かといる」
「?」
「他の奴の前で見せる笑顔を、俺は見たことがない」
「??」
潔は体を離し、首を傾げて凛を見上げた。
「俺、凛の前でも結構笑ってる気するけど…」
「違ぇ。お前、俺の前じゃあんなに楽しそうに笑わねーだろ」
「そう…?」
口に手を当てて、考えてみる。一つの可能性に思い当たる。ぶわりと顔が熱くなるのを感じた。
「りん…あのさ」
「…んだよ」
「一つ思い当たることがあるんだけど…」
そこまで言って潔は口籠った。あー、とか、うー、とか、特に意味を為さない言葉を発し続ける。そんな潔に焦れた凛が、早く言え、と急かす。
「…から」
潔は俯いたまま、小さく声を出した。
「あ?聞こえねー」
「だから!お前だけに恋してるから!」
「は?」
凛が目を見開いて固まる。
「何ていうか、お前への恋心?的なのが漏れ出てるだけと言いますか…他の奴と話す時とは違った緊張感があると言いますか…」
「……」
潔は徐々に顔を俯けながら、消え入りそうな声で言い募った。凛は固まったまま、血走った目で潔を凝視した。潔がおずおずと顔を上げる。
「引いた…?」
瞳を覗き込まれ、はっと我に返る。凛は考える間もなく潔の一回り小さい、でもしっかりとしたその体を抱きしめた。ぐえっという潰れたような声がするが、構わない。
「潔…」
「ん?」
「お前ふざけるなよ…」
「はあ?!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ潔の口をキスで黙らせる。文句を言おうとしていた口から、段々と甘い声が漏れ始める。くたりと力の抜けた体を抱え上げ、ベッドルームの扉を開く。
今日は抱き潰す。
可愛いことをいう潔が悪いんだと心の中で言い訳をしながら、凛はベッドルームの扉を閉じた。