【rnis】ギャングパロ第2話 青く澄んだ空に、ぽつりぽつりと雲が浮かぶ。眩いばかりの朝日に、潔は目を細めた。朝特有の爽やかな風が、黒髪をゆらした。
通勤する、スーツの人の群れを横目で流し見ながら、潔は目の前に止まった黒い車に乗り込む。景色が無機質に後ろへと流れていく。
ゾンビのような生気のない顔で信号を待つサラリーマン、そんな人らなど目に入っていないかのように元気いっぱい、クリーンな政治を!と叫ぶ街頭演説、どこぞのアーティストが内輪ノリで盛り上がっている、街を上滑りしていく大型ビジョンの大音量。
いつもの景色をぼんやりと眺めているうちに、車が停まる。目的地についたらしい。
ありがとうございます、とにこりと笑いかければ、運転手は頬を微かに染めて、とんでもない、と返す。
さあ、仕事、仕事。
「いっさぎ〜!おっはよ〜!」
「わっ、蜂楽!」
事務所のドアを開けるなり、眩しい黄色が突進してきた。咄嗟に受け止めて、潔は、危ないだろ、と軽く叱った。蜂楽は、ごめ〜ん、と軽く流して、潔に顔を寄せた。
「うん!今日も俺の相棒はかわいいね!」
「かわいいってなんだよ」
「そのままの意味だよん」
朝から楽しそうな蜂楽に思わず潔も笑みを零した。二人で笑いあっていると、事務所のドアが開いた。
「よーっす」
「すまん、遅れた」
「千切!國神!」
さらりとした長髪を掻き上げる千切と、申し訳なさそうな顔をした國神が入ってくる。3人を席につかせ、潔はホワイトボードの前に立った。
「じゃあ、始めるぞ〜」
すっと場の空気が変わる。先ほどまでの朝の日のような暖かさはない。あるのは夜のように冷えた空気だけだ。
ホワイトボードに、二人の男の写真が映し出される。一人は眠そうな目をした、白髪の男。もう一人は生意気な笑みを浮かべた紫髪の男だ。
「まずは、白宝について」
白宝というのは、凪誠士郎と御影玲王の二人組の通称だ。凪は天才的な運動神経を誇り、あらゆる攻撃を使いこなす暗殺者として名高い。御影玲王は、表向きは御曹司の息子でありながら、実のところは凪と共に毎度完璧に暗殺を遂行する凄腕の暗殺者だ。
「こいつらは今、東京を出て、東北の方へ行っているという情報を掴んだ。少なくとも数日は何かを仕掛けてくることはないだろう」
二人の名を耳にし、3人の目が濁る。
「それでも気をつけろよ、潔」
「まだ絡まれてるんでしょ?」
「何かあったらすぐに言え」
千切、蜂楽、國神が口々に潔に声をかける。潔はへにゃりと眉を下げて、ありがとう、と言った。
「大丈夫だから」
以前、潔は、任務で白宝とバッティングして、やり合ったことがある。その際、何が琴線に触れたのか、凪から白宝へ来ないかと声をかけられたのだ。玲王は渋々と言った様子だったが、凪に甘いのか、こっちに来い、と高圧的に続けた。
「俺、潔がいたらもっと強くなれる気がする」
「んだよそれ、行くわけねえだろ」
凪の真意が読み取れず、すげなく断った。が、凪は気を害した様子もなく、そっか、とだけ呟いて、潔に背を向けた。
「まあいいや。気が向いたら声かけてよ」
そう言って、二人はその場を去っていった。
以降、どこから入手したのか潔のショートメッセージに凪からの勧誘メッセージと、玲王からの「責任を取れ」といった旨のメッセージがひっきりなしに来るようになったのだった。
二人の厄介さを思い出たところで、ポケットのスマホが震える。潔は遠い目をした。
3人の心配そうな目に微笑みかけて、潔は咳払いをした。
「じゃあ、次。バスタード・ミュンヘンな」
バスタード・ミュンヘンとは、最近ドイツから日本へと勢力を広げ始めた組織だ。ノエル・ノア率いる大型組織である。
「こいつらに動きがあったという情報はない。おそらく平常通り東京にいると考えられる。気をつけろよ」
「潔もね!」
潔は過去に、若頭であるミヒャエル・カイザーと交戦をしたことがある。その際に気に入られてしまったようで、白宝同様、しつこい勧誘を受けている。
幼い頃にノエル・ノアの伝説の数々を耳にし、密かに彼のファンだった潔は、実は一瞬揺らぎかけたことがあったのだが、それは秘密だ。猛禽類のような鋭さで睨みつけてくるターコイズブルーを思い浮かべ、密かに身震いをした。
潔のスマホがまた震える。
「潔、最近すごいスマホ鳴るよね。出なくていいの?」
「うん、まあ」
「何があった」
曖昧な笑みで返す潔に、千切が詰め寄る。國神が続く。
「スマホが鳴る度に少し嫌そうな顔をしてる。お前がそういうの見せるの珍しいよな」
「あ〜…お前らにはバレちゃうか〜…」
潔は困ったといった顔で頬を掻く。蜂楽がずいっと顔を寄せて追い討ちをかけた。
「で?何があったのさ?」
「あ〜まあ…」
ため息を吐きながら、打ち明ける。
「最近任務で関わった人に気に入られちゃったみたいで…」
「ああ、あの政治家の」
「うん、まあ。任務中はよく会ってたからそんなに連絡とかはなかったんだけど、終わった途端…」
「しつこく連絡を寄越すようになったと」
千切が心底うざそうに顔を歪める。美青年の彼にも覚えのあるシチュエーションなのだろう。
「で、任務は終わったって言ってたが、今後関わることは?」
「今後はないかな、多分」
「そうか」
國神は聞くだけ聞いて、腕を組んでむっつりと黙り込んだ。
「凛ちゃんにこの話は?」
「するわけないだろ。俺が殺される」
「にゃはは、それもそうか」
糸師凛。ブルーロックのトップに君臨する男だ。潔とは所謂幼馴染というもので、物騒な世界で二人で生き延びてきた関係で、潔に対して並々ならない執着を持っているというのは幹部の間では常識だった。
凛と二人で生きる中で、潔が各所の男たちをたらし込んできた結果、今のブルーロックが形作られた。現在、凛が各メンバーへの指令を決め、潔がそれを伝える形でブルーロックは成り立っている。ゆえに凛がメンバーの前へ姿を現すことはほとんどなく、幹部より下になると、潔がトップだと勘違いしている者すらいる。
蜂楽は楽しそうに笑って、くるっと回った。
「この件はいいんだよ。俺の方でなんとかするから」
根掘り葉掘り聞かれても面倒臭いと、彼らの醸す剣呑な空気は無視して、潔は次の話題に移った。
「蜂楽、今日は俺と一緒に任務」
「え!潔と?!やった〜!」
「千切と國神はこっち」
つまらなそうに髪をいじる千切は置いておき、國神に資料を手渡す。
「こいつはお前らならすぐいけるだろ。でも、くれぐれも気は抜くなよ」
「当たり前だ」
「よし」
國神の頼もしい返事に大きく頷いて、潔は会議を締める。
「うし、じゃあ、今日もよろしくな!」
「「「おう!」」」
今日も今日とて、アンダーグラウンドは忙しい。