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    tsuyuirium

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    tsuyuirium

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    お抱え若手彫り師のモブさんが腕の聡実を観測してしまう狂聡

    まんじゅう怖い「成田さん歌ヘタ王なってもうたんやって?」
     一般的に、と言えるほどの経験サンプルがないので断言することはできないが、祭林組若頭補佐のこの男はどこか、そんな大層な肩書きなんてなんでもないとでも言うような、気安い雰囲気の漂う人だった。
     今だって自分のそんな問いかけに、スマホから目を離さないまま軽い口調で応戦してくる。
    「うーわもう知ってんの。誰から聞いたんや」
    「小林さんす。この前ここ来た時言うてました」
    「自分のヤマハがうまいこといってるからって、なあ」
     人の不幸笑うのは酷ない?
     そう言ってスマホからやっと顔をあげ、薄ら笑いを向けてくる。
     およそ七対三で分けられた前髪が揺れる。緩慢な動作に見合わない笑顔は、先ほど言っていたようなことなど微塵も考えていなさそうなものだった。
    「でも組長さん、上手なりましたよね」
    「ほんまに? プロから見てもそう思う?」
    「うん。線とか、昔に比べるとヨレへんようなってると思いますわ」
     いわゆるヤのつく自由業、この辺りを根城にし、男が所属している祭林組には世にも奇妙なイベントが存在していた。
     年4回、開かれるカラオケ大会。
     組員が総出で持ち歌を披露し、組長採点により一番歌が下手だった人間には、歌ヘタ王という不名誉な称号とともに、組長直々に手彫りの刺青が与えられる。
    「あれ、でもこないだは先生おったとかいう話やなかったですか?」
    「ん、あぁ、先生なあ。元気かなぁ」
     こちらの問いに返事はすれど答えはしない。
     〝先生〟のことは、これまた人から人伝に、噂話でしか聞いたことがない。なんでもこの人が捕まる前のカラオケ大会で、ピンチを救ったとかなんとか、実しやかに囁かれている。
     元気かな、という言葉は少々予想外だった。娑婆にもどってきて久しいはずだが、その先生とはもう会っていないのだろうか。
     先ほどの問いかけの様子を見る限り、きっとその答えには生返事しか返ってこないだろうと見切りをつけて、話題をさっさと切り替えてしまう。
    「で、なに彫ったんですか」
     歌ヘタ王に与えられるのは、組長が手彫りで描く刺青。
     上手くなったとは言え、組長はプロでもなんでもない。師匠に習い始め、最初の頃なんかは特に、ここを訪れる組員全員が苦い顔をするか沈黙してしまうか、腕前としてはつまり、そういうことだった。
     その人が苦手なモチーフを彫りがちという話も聞いていたので、目の前の男が苦手とするものが何なのかも純粋に気になった。
     仕事場でたまにしか会うことはない。
     特別親しいわけでもないが、会えば季節や天気の話題以上に話すことがある程度の親しみはあるつもりだ。
     針を刺される己の肌を、虚ろにじっと見つめるだけだった鉛のような目に、不意に光が反射した。
    「や、聞いてや。めっちゃクレバーな作戦思いついてん」
    「へー、作戦」
     暇つぶしに流すだけだった会話に突然波が生じる。
     どちらかと言うとこちらが作っていた場の空気や、握っていた会話の主導権を、不意に全部奪われた。
     再び顔を上げて目が合った男の顔は、先ほどとは打って変わって、自分だけが辿り着いた正解を言いたくてたまらない、そんな少年のように溌剌としていた。
    「まんじゅう怖い作戦や。好きなもんを嫌い嫌い言うて、それ彫ってもらうねん」
    「あー、なるほどね。え、解決策なってますそれ」
    「いやほんでな、前からどうせ彫られんねやったら絵より文字のがええんちゃうかとは思っとってん。それで被害は最小限や」
     ククッと喉を鳴らして笑っているが、実際に刺青を彫られたことに変わりはないがいいのだろうか。
    「んで、何彫ってもろたんですか」
     えらくもったいぶってみせるので、こちらも気になって仕方なくなってきた。
     再び同じ質問を問いかけると徐に、こちらに差し出していたのとは反対の腕をだらりと上げ、ん、とシャツを捲るよう促される。
     妙な緊張が走った。
     怠惰にも思える仕草に、何を楽しんでいるのかまるで分からない視線にからめとられて居心地が悪い。
     針を置き、この男が望むままにボタンに手をかけてシャツを捲る。
     まだ数度しか自分は見ていない、師匠のいれた鱗紋がのぞく少しかさついた肌の、そのすぐ下、見慣れない文字があった。
    「〝聡実〟……え、誰すか?」
    「歌の先生」
    「え? ……え、やば。なんで?」
    「だから言うたやん。まんじゅう怖い作戦やて」
    「やば……」
     一個も分からん。口の中に留めておくことができず溢れてしまった言葉を聞いて、目の前の男はまた何が面白いのかクスクスと笑っていた。
    「今時ハリウッドスターでもようやりませんよ」
    「せやなあ」
     聞いているのかいないのかよく分からないテンションで、自分の右腕に彫られた名前を恭しく眺めだす。
     もはやどういう感情なのか、理解を諦めざるを得なかった。ただ興味本位でしかなかったので、今この時に固執する話題でもない。
    「聡い果実やで。キレーな名前やんなあ」
    「そっすね」
     いややっぱ待って。まんじゅう怖いで、歌の先生の名前いれてもろて、キレーな名前て、やっぱ何?
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    tsuyuirium

    DONE大学三年生になって長期休みにまなちゃんと二人で京都旅行にきた聡実くんのお話です。
    まなちゃんのキャラクター造形を大幅に脚色しております(留学していた・そこで出会った彼女がいる)ので、抵抗がある方は閲覧をお控えください。
    狂児さんは名前だけしか出てきませんが、聡実くんとはご飯を食べるだけ以上の関係ではある設定です。
    とつくにの密話「おーかーぴ、こっちむーいて」
     歌うように弾む声で、呼ばれた自分の名前に顔を上げれば、スマホを構えたまなちゃんと画面越しに目が合う。撮るよー、という掛け声のもと、本日何枚目かのツーショット写真の撮影がはじまる。ぎこちなさが前面に押し出されている僕とは対照的に、綺麗な笑顔をした彼女の姿を切り取ることに成功したらしい。ツーショットに満足したまなちゃんは、今度は建物の外観をおさめようとカメラを構えていた。シャッターを切り続ける彼女の横で、せっかくならばと僕も彼女の真似をして二、三枚の写真を撮ってみた。
    「そんな待たなくて入れそうでよかった〜おやつどき外して正解だった」
    「ほんまやね。ここ人気なんやろ?」
    「週末だと予約したほうが無難ぽい。あとアフタヌーンティーするなら予約はマスト」
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