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    tsuyuirium

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    tsuyuirium

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    旅する狂聡47企画様へ、佐賀県で参加いたしました。
    有田陶器市をゆるりとまわる二人です。

    佐賀県 有田陶器市「たぬきやん」
    「たぬきですね」
    「ええなぁこれ。でもたぬきって信楽ちゃうの? ここ有田やけど」
    「ええやないですかなんでも」
    「ええなぁ。うちに置かん?」
    「初手でそんなデカいの買うんは完全に悪手でしょ」
    「確かになぁ」
     道端に簡易的に構えられた店舗には、所狭しと陶器でできたたぬきの置物が並んでいる。持ち運べるサイズから絶対に無理なサイズまで、大小さまざまなたぬきたちが道行く人を見守っているのは、少々異様で目を奪われる光景だった。誰もがきっと一度は見たことがあるだろう。とぼけた顔をしたたぬきの置物に囲まれていると、まるで化かされたような気分になってくる。
     中でも一際大きいサイズのたぬきの前で立ち止まり、何を思って品定めをしているのか、狂児はしげしげとたぬきを眺めはじめる。その姿を横目にしながら、眉間をつまんでも眠気がましになる程度の鈍い痛みを感じるだけだった。
    「ちょっと、どうせまた戻り道やし、序盤でこんな時間使ったら回りきれませんよ」
    「エ~。ならまた後で見るわ」
     テントの奥でここまでのやりとりを見守っていた店主らしき人にぺこりと頭を下げれば、向こうもニコニコの笑顔のまま、またどうぞ、とこちらに会釈した。冷やかしみたいになってごめんなさい、店主さん。それでもたぬきのデカいのは、持ち帰れなさそうです。
     抜けるような五月の青空の下、道いっぱいに様々な陶器が並びだす光景は、この時期およそ一週間のうちにしか見られないものだった。頭上では道の両側を横断するように、建物と建物を青と白の旗が橋渡しのように繋がっている。風が吹けば、まるでこの焼きものの街が喜ぶように揺れていた。僕たちは今、佐賀県は有田町の陶器市に来ている。
     この期間、この催しは街そのものが会場となるため全長五キロにも及ぶ。その中を歩いて、ただひたすら歩いて、買い物を楽しむというのが基本の方法である。街の入り口で受け取ったパンフレットを眺めていると、今歩き始めたメインストリートは一本道で続いているようだというのを確認する。マップを眺めていると隣にいた狂児もひょいと頭を乗り出してきて、同じ目線の高さになって二人で眺める形になる。
    「ご飯食べるとこも結構あるんやな」
    「そうですね。まだ早い気するけどなんか食べます?」
    「俺はまだええかな。聡実くんお腹減ってんなら食う?」
    「僕もまだそんなに。大丈夫です」
    「そ。ほんならぼちぼち歩こか。あ! ちょ待って」
     ちょおコーヒーあるから買ってくるわ!
     そう言って人混みを掻き分けて、反対側の道に見つけたキッチンカーを目指し狂児は駆け出していった。そんなに走らんでも。逃げることはないコーヒーを求めていそいそと列に並ぶ狂児の背中を眺めていると、普段は見られない姿におかしさが込み上げてくる。その姿をもっと近くで見たくなって、そしてやっぱり僕もコーヒーが飲みたくなって狂児の背中を追いかけた。
     
     *
     
     この街には近代的な高いビルなど一つもない。その代わりに、伝統的な瓦屋根や白壁の建物がずらりと並び、窯元や店として開かれている。レトロな趣ある街並み、というのはこういう風景のことを言うのだろうか。いつも見ているものと比べても遥かに高くて広い空の下、そんな街の中をコーヒー片手に二人並んで歩く時間は、何にも変え難い気分の良さに包まれる。
     てくてくと歩いては、時折目に留まるものがあれば立ち止まり、たまに手にとってみては思い直したり。確固とした目的もなく、完全に雰囲気で陶器市を回っていた。狂児も僕と同じように、僕が見ていたものを気にすることもあれば彼は彼で別のものを見つけては、眺めたり手をつけずにいた。今のところ欲しそうにしていたのは冒頭に出会ったたぬきだけである。
    「狂児さんは何かお目当てとかないんですか」
    「せやなぁ、いや、こういうんは出会いでもあるからな」
     持って回ったような言い方をして、つまるところ特に目当ては無いようだった。出会いでもある、なんて洒落臭い言い回しも不思議と今日はそんなに腹立たしく思わない。
    「狂児さんてこういう焼きものとか好きなんですか」
    「んー、見る分にはまあ、キレーやなぁって思うよ」
     自分よりも単純に長く生きている分だけ、きっと色々なものを見てきて良し悪しなんかも分かるのだろうかと思っての質問だった。けれど狂児の中での興味の度合いは僕と同じくらいなのだとしたら、同じレベルで雰囲気で回っているのだと思うと肩の力がふっと抜ける。
    「僕も良いとか悪いとかはわからんけど、キレーやなぁって思います」
    「うん。キレーやんなぁ」
     狂児が手に取ったのは、赤と藍の配色が白磁に映えて美しい、有田焼の手本のような絵付けのタンブラーだ。まじまじと、色々な角度から眺めるその横顔を盗み見ればいつになく真剣なようにも思える。
    「気に入ったんなら買ったらいいやないですか」
    「うん。ま、でも決め打ちするんはまだ早いかなって」
    「そうですか」
     狂児さんがそれでええなら、ええんやけど。喉から出かけた言葉はパチリと視線が噛み合った途端、飲み下されて引っ込んでしまった。狂児は僕が杞憂していることを知ってか知らずか、にこりと目を細めて、口角はゆるりと上げて笑いかけてくる。この男はずるいので、僕がこの顔を前にすると何も言えなくなるのを知っているのだ。
    「ア! 聡実くんあれ! 子犬ちゃんの絵描いてる茶碗あるで」
    「……はぁ」
    「かわええな~俺恐竜のんにしよかな~」
     揃いで使わん? なんて四十も過ぎた男の提案にしては些か可愛すぎるのではないだろうか。両手で包み込むように茶碗を持ち、そのまま顔の横に並べてみせるのもいやに絵になる。決め打ちするのはまだ早い、なんて言っていたのはどの口か。
     一方ハタチをとうに過ぎてしまった僕はというと、もうその提案を恥ずかしがるような思春期でもなく、照れ隠しで怒ってみせる可愛げもとっくになくなっていた。
    「じゃあ僕買います」
    「ほんま?」
    「うん。買ってあげます」
    「買ってくれんの?」
    「やから狂児さんもあとでなんか買ってください」
     照れたり怒ったり、律儀にひとつひとつ反応していた昔に比べると、自分の沸点もずいぶん落ち着いてきたように思う。そのかわりとして、ちょっとしたおねだりや交渉ごとが上手くなった自信があった。僕の提案を聞いた狂児はふふ、と笑ってみせたあとに、ええよ、と短く返事をした。交渉成立である。
     揃いの茶碗、絵柄は犬と恐竜。簡易的なつくりをしたレジがわりのテーブルの上、並ぶ二つを眺めていると妙な気持ちになってくる。これを使うのはここにいる僕たちで、そのうちいつかの日、同じ食卓に置かれるのはまだ上手に想像できない。
     差し出した茶碗は店主の方が、慣れた手つきで新聞紙を使い次々に包んでいく。その無駄のない見事な手捌きと、練達を感じさせる新聞紙で黒く汚れた指先に思わず見惚れてしまった。金額を告げられたところでハッと意識を引き戻して、自分の指先とは上手く連携がとれずにもたついた手つきで小銭を数える。
    「陶器市は初めてですか?」
    「え」
     話しかけられるとは予想だにせず、突然の出来事に完全に反射だけで声が出た。こちらの勘定を待っていたはずの店主さんがニコニコと音が聞こえてきそうなくらいの笑顔が向けられていた。
    「そ、なんです。初めてで」
    「もしかして関西の方ですか? 遠くからわざわざありがとうございます」
    「いえ、そんな」
     何もお礼を言われることはないように思ったけれど、やはり珍しいのだろうか。地域に馴染みのないアクセントを使用している自覚はあった。狂児と繰り広げていた先ほどの会話が、聞こえていたのかもしれないと思うと少し恥ずかしい。全部無駄に声が大きい狂児のせいだと思いたい。
    「お昼はもう済まされました?」
    「まだなんです。ご飯も色々あるんですね。迷っちゃってて」
    「じゃあ、おすすめがあって。もう少し歩くんですけど、カレーのおいしい店があるんですよ。有田焼の器で出てきて、器も持ち帰れるんです」
    「へえ……! 素敵ですね」
    「よかったら候補にぜひ」
    「ありがとうございます。あ、すみません、お会計これで」
    「ありがとうございます」
     思いがけずにいいことを聞いた。店主さんに再度お礼を述べて、店外で待つ狂児の元へと小走りで戻る。すぐにこちらの姿を捉えた狂児によって、合流した途端流れるように手元の袋が奪われてしまい、二つの茶碗はそのまま彼が背負っていたバックパックに回収されていく。
    「狂児さん、お昼カレーにしませんか」
    「カレーかぁ。ええね」
    「器持って帰れるカレー屋さんあるねんて。教えてもらいました。もうちょっと歩いたとこ」
    「へぇ! おもろいなぁ」
     完全に先ほどの店主さんの受け売りをそのまま狂児にも伝えたところ、狂児から返ってきた反応も先ほどの自分のものとよく似ていた。
    「茶碗にカレー皿に、あとはなに揃えよか」
     きっと何の気なしに呟いたであろう狂児の言葉に、思わず目配せをする。狂児は見上げるこちらの視線にすぐ気がついて、けれどその意図までは汲み取ってくれてはいないようで、不思議そうに小首を傾げていた。彼の中で既に当たり前に受け取られていることへの驚きと、対照的にまだまだ色々なことに反応してしまう自分との違いはなんだろう。
    「カップとか、どんぶりとか、欲しいかも」
     まだその違和感は上手く扱えそうにない。考えただけでも心臓を直接くすぐられたようなむず痒く湧き起こってくる感覚に、居心地が悪くなる。それでも目指せるのであれば、そんな食卓を計画するのも悪くはないと思った。
    「あとはたぬきもやで、聡実くん」
    「え、あれほんまに買って帰るんですか」
    「玄関とこ置こうや」
    「え~……うん……まあ、いいですけど……それは自分で買って」
     結局、一番最初に見たたぬきのことは本当に狙っていたらしい。そんなに気に入っているのであれば止める筋合いは僕にはない。お互い大人なので自分の選択には責任を持つまでだ。屋根を共にする身としては、共用空間に置くことは、譲ってもいい。
     ただし、たぬきに関しては狂児の財布からのみの出費とするように。そう言うと狂児からは、満更でもなさそうな本気でもなさそうな、戯れの抗議の声が上がってくる。しゃあなし、好きなサイズを選んでもいいことを付け加えて、まだまだ続く道を前にモチベーションを取り戻してもらうことに無事成功した。
     まだ見ぬ掘り出し物との出会いを求め、僕自身も自らのモチベーションを取り戻すべくまずはカレーを目指す。珍しく両手が空いている狂児の左手を取り先導するように歩き始めれば、ぎゅっと握り返された。きっとこの手のひらの温かさも、この街で出会う素敵なものたちも、美味しいものだって何一つ、手にとれる形で持ち帰ることはできなくても、忘れることはない予感がした。
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    Replies from the creator

    tsuyuirium

    DONE大学三年生になって長期休みにまなちゃんと二人で京都旅行にきた聡実くんのお話です。
    まなちゃんのキャラクター造形を大幅に脚色しております(留学していた・そこで出会った彼女がいる)ので、抵抗がある方は閲覧をお控えください。
    狂児さんは名前だけしか出てきませんが、聡実くんとはご飯を食べるだけ以上の関係ではある設定です。
    とつくにの密話「おーかーぴ、こっちむーいて」
     歌うように弾む声で、呼ばれた自分の名前に顔を上げれば、スマホを構えたまなちゃんと画面越しに目が合う。撮るよー、という掛け声のもと、本日何枚目かのツーショット写真の撮影がはじまる。ぎこちなさが前面に押し出されている僕とは対照的に、綺麗な笑顔をした彼女の姿を切り取ることに成功したらしい。ツーショットに満足したまなちゃんは、今度は建物の外観をおさめようとカメラを構えていた。シャッターを切り続ける彼女の横で、せっかくならばと僕も彼女の真似をして二、三枚の写真を撮ってみた。
    「そんな待たなくて入れそうでよかった〜おやつどき外して正解だった」
    「ほんまやね。ここ人気なんやろ?」
    「週末だと予約したほうが無難ぽい。あとアフタヌーンティーするなら予約はマスト」
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