Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    tsuyuirium

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🍬 🍮 🍨 🍪
    POIPOI 29

    tsuyuirium

    ☆quiet follow

    昔は血がついても誰かが拭いてくれることもなかったきょうじさんの変化について。
    そんなに痛い描写はないけど血が出てくるのでご注意ください。ふわふわな気持ちで見てください。

     硝煙の匂いは花火に似ている。人を殴る音は鶏肉を捌く音に似ている。そうして覚えていられるように、点と点を繋げていたら、そのうちどちらが元いた場所かも分からなくなった。
     日の当たる世間のことなど捨て去って、良心なんてものも捨ててしまえば、今よりずっと楽になれることは分かっていた。
     それでも縋っていたかった。会えない家族を覚えているのも、自分から忘れてしまえば本当に戻れないと分かっていたから。
    「顔くらい綺麗にしとけ。せっかく喜ばれるツラやねんから」
    「はぁ。そういうもんですか」
     一体誰に喜ばれるというのだろう。喜ばせたい相手がここにいるわけでもない。跳ね返って付着したベタつく生暖かい感触と、鉄錆の匂いが不愉快で、シャツの袖口で頬を拭えば不快感は消えるどころか余計にひどくなった。
     生き物の匂いに違いないのに、この匂いは命を遠いところに運んでしまうときに香るものだった。地面にゆっくりと広がり続ける血溜まりが、革靴のつま先にまで侵入してきた時、もはや汚れとしか思えずにまだ跡のない場所をめがけて靴底を擦り付ける。
    「あーあ。そのシャツももうあかんな」
    「洗えば着れますって」
    「ええ、ええ。小遣いやるからさらのん買うたらええ」
    「えっ、ありがとうございます」
     当たり前のように洗えばいいだけのことだと思っていた。兄貴から差し出された万札をそのまま受け取ろうとして、指先や手のひらが赤黒いままのことを思い出した。そうなると、もう何もかもがどうでも良くなり、シャツの裾で手を拭う。
     そやけど、どこにおったとしても、こんなふうに金で代わりが効くシャツみたいにはなりたないな。哀れみとも遣る瀬なさとも少しずつ違う。今の自分ではうまく言葉に表せない思いを押し潰すように、ぎゅっとシャツを握りしめた。



    「うわっ」
    「えっなに? ……あ」
     ぱたた、と唇を伝い何かが滴り落ちた。鼻と喉の奥に感じる、鉄錆は香らなくなってもう久しい。赤い点々とした跡を眺めて鼻血だとようやく頭が理解した。
    「ちょお、親指で拭くなって。広がるでしょ。押さえな。ティッシュ」
     痛みはなく大したことはないと経験則で分かっていた。鼻血を流す張本人よりも慌てている聡実くんが面白くて、溢れそうになる笑いを必死でこらえる。血とか驚かせてしまったよな。
    「詰めて。押さえて下向いて。動かんといて。あーもう、広がってるやん」
     意外にもテキパキと出される指示に、大人しくされるがままに従う。下を向いていると視界には、聡実くんが貸してくれたスウェットに、まだら模様になってしまった血の跡が目に入った。
    「あー、ごめん、聡実くん」
    「なに」
    「スウェット汚してもうた。弁償するな」
    「いらんよ。洗えばええんやからそんなん」
    「え」
     飛び出してきた聡実くんの言葉に、ほとんど反射的に顔を上げる。真正面にいた彼とバッチリ目が合い、ムッと眉根を寄せた顔をして再度下を向けと怒られた。
    「洗えば落ちるから、そんくらい大丈夫です」
    「うん……せやな。そやったわ」
    「顔、ついてるのも拭くから、下向いとって」
    「はぁい」
     拭って広げた血の跡を、ひやりと濡れたティッシュの感覚が上書きしていく。遠慮がちにそっと触れては離されて、繰り返されるのが心地いい。
    「なあ、聡実くん」
    「なに」
    「ありがとうね」
    「うん……何が?」
    「んー、なんも」
     洗えばいい。洗えばよかったんや。聡実くんの言う通りだった。血の匂いはティッシュと共に聡実くんによってどこか遠くへと投げ捨てられてしまう。聡実くんがこちらに向けてくれる心配は、手渡されるティッシュのようにふわふわとしていた。包まれるとこそばゆくて、眠気を誘うほどに気持ち良い。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👔💖💖💖💖💖💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    tsuyuirium

    DONE大学三年生になって長期休みにまなちゃんと二人で京都旅行にきた聡実くんのお話です。
    まなちゃんのキャラクター造形を大幅に脚色しております(留学していた・そこで出会った彼女がいる)ので、抵抗がある方は閲覧をお控えください。
    狂児さんは名前だけしか出てきませんが、聡実くんとはご飯を食べるだけ以上の関係ではある設定です。
    とつくにの密話「おーかーぴ、こっちむーいて」
     歌うように弾む声で、呼ばれた自分の名前に顔を上げれば、スマホを構えたまなちゃんと画面越しに目が合う。撮るよー、という掛け声のもと、本日何枚目かのツーショット写真の撮影がはじまる。ぎこちなさが前面に押し出されている僕とは対照的に、綺麗な笑顔をした彼女の姿を切り取ることに成功したらしい。ツーショットに満足したまなちゃんは、今度は建物の外観をおさめようとカメラを構えていた。シャッターを切り続ける彼女の横で、せっかくならばと僕も彼女の真似をして二、三枚の写真を撮ってみた。
    「そんな待たなくて入れそうでよかった〜おやつどき外して正解だった」
    「ほんまやね。ここ人気なんやろ?」
    「週末だと予約したほうが無難ぽい。あとアフタヌーンティーするなら予約はマスト」
    6237

    recommended works