お夜食企画賑やかしに過去作再録です 厨に入ると、食器の予洗いを終えた長谷部くんと包丁くんが食洗機に詰め込み終えたところだった。包丁くんは戸棚からお菓子の箱を抱えて、入れ違いに出て行く。長谷部くんは手を拭って、食洗機のスイッチを入れた。
奮発して導入した業務用食洗機が洗い物を担うようになって一年。多人数でも手伝える料理と違い、洗い場が限られている中で山のような食器を片付ける当番は大変だった。これだけ増えた刀全員分の食器をひとつひとつ手洗いしたら日付を越えてしまうだろう。文明の利器様々だ。
調理場の灯りを消し、作業台の上でお茶を煎れる。ひとつを手で勧めると、長谷部くんはありがとうと引き寄せて腰掛けた。食洗機が回り始める水音を聴きながら向かい合い、ほうじ茶の香ばしい湯気を吸い込む。
長谷部くんは夕食を終えるといつも湯浴みをして自室に引っ込む。長谷部くんと短い夜を過ごせるのは、こうして後片付けの当番が終わった後に彼を引き留められたときだけ。夜の部屋を訪ねる勇気はまだなかった。
「今日の米、うまかったな。きのうまで食べてたのと違って甘かった」
「わかった? 銘柄変えてみたんだ。安売りしてたから買ってみたんだけど、すごくおいしかったよね。明日の朝はおにぎりにするよ。鮭と、梅と、大葉味噌と、牛時雨と、明太子」
「楽しみだ。明日は早起きする」
長谷部くんは味見じょうずだった。素朴で素直な言葉をくれる。何でも美味しいと食べる。こうやって予告しておけば、明日はきっとおにぎりに塗る味噌の味を見に来てくれる。長谷部くんと一緒に過ごす口実ができる。
「牛時雨に使う牛肉はいいお肉だよ。この間のすき焼きの残り」
「まだ残ってたのか。日光の肉」
「その言い方はよしなよ。日光さんの歓迎会のときのお肉。おいしいからちょっと取り分けてたんだ」
立ち上がり、冷蔵庫を開ける。冷たい琺瑯容器の蓋を取ると、甘辛く煮詰めた肉たちが白く固まった油を纏っていた。明日温め返して、汁ごとぜんぶ使い切るつもりだ。長谷部くんに見せると、満足したように小さく頷いた。
「これ、飼料がいいんだって。栄養価が高いお米を使ってるらしいよ」
「牛の飼料を? 牧草じゃないんだな」
「こだわってるみたい。いい飼料を使うと家畜はおいしくなるんだって。いい土壌と肥料で畑の作物もよく育つし、似たようなものかな」
牛時雨を元の場所に戻して、湯飲みを手に取る。後ろから眺める長谷部くんは湯飲みを両手に包んで、立ち上る湯気をじっと見ているようだった。
柱時計の音が鳴る。二十二時、消灯だった。
「ああ、寝なきゃ。湯飲み置いておいて、僕が洗うから」
廊下の明かりが自動で消えて、厨もわずかに薄暗くなる。長谷部くんは明日は非番だったろうか。この時間まで付き合ってくれているから、休みかもしれない。
僕が湯飲みの残りを煽っても、長谷部くんは立ち上がらない。
「……お前の料理は、うまい」
「ああ、ありがとう……?」
長谷部くんは普段こんな脈絡のない投げ方をしてくることはない。唐突な褒め言葉を浴びて、返答が疑問形になってしまった。
「だから」
「うん?」
食洗機は低く唸り続け、ざばざばという水音がひっきりなしに響いている。
「それを食っている俺は、さぞかしうまくなっているんだろうな」
薄暗がりの中、水音に紛れ放たれた呟きを反芻する。長谷部くんは振り向かない。呼んでもきっと向いてはくれないだろう。
「食べても、いいの」
「……保証はないぞ」
顔を見たくて回り込む。背けた長谷部くんの耳たぶが明太子みたいに赤かった。
ねえ、きっとどんな料理よりおいしい。