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    なろさん

    @naro_saaan

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    なろさん

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    <実福WEBオンリー展示物>
    独占欲が強いタイプの実休さんの実福。
    バッドエンド寄り…?くっ付いてません。
    苦手な方はご注意を。

    カラメルの徒花①*




    「実休。キリもいいし、そろそろ終わりにして戻ろう」
    畑作業に使った農具を定位置に戻し、福島は伸びをしながら実休に声をかけた。

    「もうそんな時間か、早いね」

    ポンポンと膝を払いつつ傾いた太陽を見上げながら収穫物の入った籠を両手に抱え立ち上がる。お届け先の今日の厨には確か光忠がいたはずだ。これらは末弟の手によって美味しい料理になるのだと思うとすっかりお腹が空いてしまった。土と草の匂いが淡く漂う中隣に並び立ち、豊作だね、いい色だ、とたわいのない会話を弾ませながら共に厨へ歩き出すと、柔らかな風が僅かな砂埃を含ませひゅるりと実休の鼻をくすぐった。

    「あ、」

    むずむずと、鼻の奥から込み上げてくる気配。両手は籠で塞がっている。どうしたものか。
    少し考えた後、ぽすんと福島の肩口に顔を押し付けた。

    「え?」

    だめだ、残念ながら止められそうにない。

    「くしゃ、み、出…」
    「えっ」
    「っくしゅ!」
    「は?」

    そのままの体勢でしっかり出た。福島が目を見開いて固まっている。

    「はー、ごめんね。我慢出来なかった。ふふ」
    「いっ…やいやいやいやいやいやおかしいおかしい。何で?何でこっち向いた?」
    「お野菜汚すのも悪いかなって。あはは。さぁほら、行こう」
    「いやいやいやいやちょっ、なん…っあ〜〜も〜〜〜どのみち洗うからいいけどさぁぁぁぁもぉぉぉ」

    眉間に深い皺を寄せながらも何だかんだ許してくれる福島に実休はつい頬が緩んでしまう。彼は兄弟の中でも深く鋭い目元で、とっても格好いい精悍な顔立ちだけれど、何でかとっても可愛いんだよなぁなんて。彼と一緒なら畑作業もへっちゃらだ。本当に会えてよかったと思うと心がぽかぽかと温まる。

    「なぁに笑ってるんだよまったく。くしゃみぶっかけておいて」
    「ん?幸せだなぁって」
    「その感想はちょっと怖いですね…」









    *


    「実休との買い出しは初めてだね。まだまだ頼りない審神者で申し訳ない限りだが…本丸はどうかな?もう色々慣れてきた頃かい?」

    「頼りないだなんて、そんな。まだ分からない事もあるけれど…充実した日々を過ごせているのかな、と感じているよ」

    「そうかそうか、何よりだ」

    「何も覚えていなくても、こんな亡霊のような僕でも、みんな良くしてくれる」

    「亡霊…ね」

    「?」

    「自分の事を、そう思い込むのはよした方がいいね。実休光忠。君は刀であり、人でもあり、確かにここに存在している」

    「主…」

    「口から出た言葉は呪(まじな)いにも呪いにもなる。言霊というものもあるしね。霊力を持った我々は尚更扱いには気をつけなくては、ね。」

    「う、ん。そうだね」

    「…記憶が無くまだ不安も多いであろう君に厳しい事を言ってしまったかな。すまないね」

    「いやそんな、大丈夫だよ」

    「言葉とは実に難しいものだ。強く叩きつければそれは"命令"になり、優しく手渡せば"願い"や"祈り"になる。…先ほどの私の言葉を、どうか命令だと思わないでおくれ」

    「思わないよ。僕を案じてくれているんだよね」

    「…体を失い、心を失い、虚で朧で救いを求め彷徨い続ける存在が亡霊だ。でも君は違う。既に体は得ている。心が足りていないなら、ゆっくりと育てていけばいい。自身を亡霊と思っていた事すら忘れるほど、ここで過ごす時間が満ち足りたものであってほしいと思っているんだ。私の願いであり祈りだよ」

    「満ち足りたもの、か。そうなるといいな。…あ、その、聞いてもいいかな」

    「ん?どうした?」

    「満たされる感覚を、僕は少し知っているかもしれない。いつも隣に…、でも近頃は…何故か……」

    「何故か…?」

    「…………いや、何でもない。ごめんね。上手く言えないや」

    「…いいや、大丈夫だよ。話せるようになったら、またいつでも聞きにおいで。今一度始まった君の物語、どうか実り多きものにならん事を。」

    「ありがとう、主」

    「さぁ、万屋へ着いた。今は久方ぶりの買い物を楽しもうじゃないか」







    *

    「あ、包丁くん。福島はどこにいるか分かるかな?」

    審神者の万屋への買い出しの付き添いを終えた実休は、廊下ですれ違ったお菓子好きの短刀に声をかけた。

    「さっき離れの方の花壇に日本号さんといるのを見かけたけど…まだいるんじゃないかな?それより!甘い匂いがするぞ!何か食べてるの?教えてあげた代わりに俺にも何か頂戴っ!」
    「ふふ、鼻が良いね。ポケットに少し入れてきて良かった。お礼も兼ねて、はいどうぞ」

    大きな目をキラキラと輝かせながらずずいと差し出された小さな両掌の上に、金色に輝くそれをそっと乗せてあげた。

    「わぁ綺麗なべっこう飴!」
    「みんなには秘密、だよ」
    「うん!」

    人差し指を立てて微笑めば、同じ仕草で笑い返してくれる短刀のその無邪気で可愛らしい仕草に、実休は自然とその小さな頭をポンポンと撫でていた。

    「むー、人妻なら嬉しいんだけど…まぁ、いいか」
    「ふふ、ごめん。ついつい」
    「べっこう飴って、お砂糖溶かして作るんだよね?本丸でも作れるのかなぁ?毎日食べれたらいいのに」
    「どうだろう…料理が得意な子なら結構簡単に作れたりするのかな?でも毎日食べるとなると、虫歯には気を付けないとね」
    「いつでも好きな時に食べれるなら、歯磨きも頑張っちゃうけどなぁ。…たまぁに、サボるかもしれないけど。えへへ、飴ありがとっ!じゃあね!」
    「うん、またね。こちらこそありがとう」

    手を振りかけていく包丁を笑顔で見送る。
    完全に姿が見えなくなってから、実休は顔から笑みを消した。

    「日本号といるのを見た…か」

    また、この感覚。
    福島が彼と一緒にいるのは全く珍しくない光景なのに。以前は何とも思わなかった筈なのに。最近は福島が実休以外の誰かと一緒にいるのが妙に落ち着かない。共に過ごす日々が増える度に、距離が縮まる程に、心臓を掴まれるような感覚は酷くなる一方だ。これは何なのか、考えても答えは分からない。胸につっかえたままの僅かな不快感をそのままに、実休は目的の花壇へと足を向けた。





    「あ、いた。福島」
    「ん?実休?」

    大小様々な花を両手に抱えて離れの廊下を歩いている福島を見つけ駆け寄れば、生花の匂いが淡くフワリと漂う。
    日本号は既に他所へと場所を移したようで姿は無く、その事に少し安心してしまった。日本号の事が嫌いなわけではない。そもそも、この本丸に嫌いな存在など一人もいない。なのに、何故。やはり答えは分からない。

    「白いお花が多いね。百合が特にいい香り。どこかに飾るの?」
    「ああ、新しく来た富田君に贈ろうかなって。彼のイメージに寄せたら白い花が多くなったね。これからアレンジするんだ」
    「……そう、富田君に、ね。これだけ綺麗なんだもの、きっと喜んでくれるね」

    また何かが胸に引っかかった気がして口角が引き攣るが、実休はすぐにいつもの笑顔を貼り付け直し会話を続ける。その一瞬の微小な変化に福島が気付くことはなかった。

    「ふふ、そうだといいな。ところで買い出しの付き添いお疲れ様。俺に何か用だった?」
    「あ、うん。こないだ悪い事しちゃったから。お詫びというかお土産というか」
    「悪い事?何かあったっけ?」
    「くしゃみの…」
    「ああ!」

    今の今まで忘れていた様子から、どうやら福島の中では大した事ではなかったようだ。良かった。良かった、はず。それなのに、忘れていた事に対してモヤモヤするのはどうしてだろうか。
    今日は何だかモヤモヤが多い。心というものは甚だ難解である。

    「驚いたよアレには。他の刀にはやるなよ?怒られるだけじゃ済まなかったら知らないからな。」
    「大丈夫、福島以外にはやらないよ」
    「いや俺にもやるんじゃないよ」

    呆れつつも笑いながら肘で小突いてくる福島に、果たして優しい彼はどこまで許してくれるのだろう、なんて。試してみたい訳じゃないけれど、知りたくはあるかもしれない。
    二人きり、隣同士、ほわほわふわふわとした心地よいぬるま湯のような温かさの裏側で、何かがジリジリと実休の中に燻りはじめる。何だろう。触れたらきっと熱くて痛い。

    「ええと、それでさっきよろず屋に行ってきたから、ちょっとしたお裾分けをね」
    「へぇ?何くれるの?」
    「お菓子の詰め合わせを買った中に入ってたんだ。これ、福島にもあげる」

    そう言うと実休は徐に福島の頬に右手を添え、そのまま親指でグイと唇を割り開いた。

    「へ、」

    いきなり顔を掴まれ口に指を突っ込まれるという突飛過ぎるその行動に度肝を抜かれ硬直している間に、今度は炎の跡を纏ったお綺麗な顔が迫ってくる。
    近過ぎる距離。
    気付いた時には、福島の唇は"食べられていた"。

    「っ?!」

    咄嗟に実休を離そうとするも両手には花々。片手で無理にまとめて持てば花を痛めてしまうかもしれない、かといって下に落とす事もしたくもない。ならばと後ろに身を引こうとするも今度は実休の左手で抱き込まれてしまいそれも叶わなかった。
    ち、力強…!でも抱えた花を潰しそうで潰さない絶妙な加減で少し感心…いやいやいや何で?てか唇柔らか…じゃなくてじゃなくて口!口が!
    焦りながらもどこか冷静に、逆にパニック故になのか、福島のうまく働かない脳内に無駄な思考があれこれ浮かんでは消えていく。

    「ん?!」

    続け様にぬるく湿った感触が福島の唇に触れ、それが実休の舌だと理解した瞬間流石に驚愕し反射的に呻き声を上げるも、それを見計らったかのようにその舌は僅かに空いた歯列を更にこじ開け侵入してくる。

    真っ直ぐに見つめてくる近過ぎる紫から目が離せないまま遂に舌同士が触れ合う。何故か仄かな甘み。固い何かが歯列に当たりカチリと異質な音が響いたかと思った直後、その固い何かは触れ合っていた舌と共にさらに奥深くの口内へと入り込み、再び福島を混乱に陥れた。

    起こっている事何もかもが突然過ぎて意味不明で。
    一体どうして自分はこんな、口吸、をされ…
    え、砂糖のような、甘い…これは、

    ………飴?

    「ふ…っ、んく゛、…!」
    「んん……ふ…」

    どうやら飴を押し込まれたらしいがそれを理解した所でやはり意味が分からない。さらにその後も蹂躙はとどまる所を知らず、舌はもはや触れ合うどころか表から裏まで余す所なく無遠慮に絡め取られ舐めしゃぶられている。実休の霊力が流れ込み粘膜の上で溶けるように体に染みていくのが分かった。やめろと静止の声を上げるべく口を開けば再び奥へと侵入され吐息ごとその言葉を奪われた。福島を見つめていた紫はいつの間にか瞼の裏に隠れ、まるでこの時を堪能しているようだ。止まる事のない深過ぎる口虐に砂糖混じりの唾液が次々と溢れ、顎を伝い落ち二人の間にある花々の上に雫を散らしていく。角度を変えて合わさり続ける唇と無遠慮に動く舌先から絶えずもたらされる未知の感覚が蛇の如く全身を這い回る。香り立つ生花と甘ったるい飴の混ざり合った匂いに加えて、染み渡る実休の霊力が麻薬のように頭も体も溶かし麻痺させ自由がきかない。
    苦しい。怖い。気持ちがいい。
    これ以上はまずいと焦る福島の心情など微塵も伝わらない実休に舌の裏をもう一度強く舐められ、根本から全体をぢゅううと音が出る程嬲られた瞬間、超えたくなかった何かの境界線を超えた。

    「ぅぁ…んんっ!?」

    脊髄を貫くその甘美な衝撃に肩が大きく震え、自分ですら聞いた事のないような甲高い声まで飛び出す始末。その声に驚いたのは自分だけではないようで、目の前にいる存在が再び目を開く。全てを見透かすように見つめてくるその紫に羞恥が一気に振り切れ限界値を突破した。

    「ん!!」
    「っ…!」

    反射的に出た大声と火事場の馬鹿力の振り切りで遥か彼方へと吹っ飛ばされた正気を何とか取り戻し、ようやくこの意味不明な蹂躙にストップをかける。

    「ぐっ、げほっ!は、っ…はっ…!」
    「あ…」

    我に帰った実休がそっと体を離せば、福島は急激に肺に満ちた新鮮な酸素に激しくむせ込み、眉間に皺を寄せながら顔を紅潮させ俯いているのが伺えた。霊力に当てられた為かはたまた別の理由か、震える膝で壁に体を預けて何とか倒れこむのを耐えている。
    そんな状態になりながらも尚腕の中の花を離すことはなく、それらを抱えたまま肩口で口周りをがしがしと大雑把にぬぐう。美しい花々は一応は無傷ではあるものの、随所に滴った雫のせいでそれを飾ったり誰かに贈るのは些か憚られるものになってしまった事は否めない。

    「あ、れ…?僕今…」

    初めての感覚だった。福島の赤い瞳に自分が映り込むのを見て、唇に触れて、離れられなくなった。何も考えられなくなった。
    体格差も力の差もほとんど無く、やろうと思えばたとえ手が使えなくても足で蹴り倒すなり無礼な舌を噛むなりして抵抗する事も出来ただろうに、福島は実休に対して強い拒絶をしないのだ。だからどうしても甘えてしまう。受け入れてくれる事を求めてしまう。優しい弟。
    指先で自らの唇を辿りながら、実休は改めて先程の口吸いを思い出す。柔らかくて、とても甘くて心地が良くて、脳が痺れて抑えが効かなくなった。あんなに可愛い声、初めて聞いた。泣きそうな顔も可愛いかった。彼の新たな一面を垣間見て、心の裏側のジリジリとした感覚が蘇る。

    「…ごめんね、大丈夫…?」
    「は…?!だ、誰のせいだと思っ….?!ほんっ、と…!っ急に!何!?」

    両目は潤み、まだ少し息が上がっている。当然ながら大変ご立腹の様子の福島は、真っ赤に染まった顔で実休を睨みながら問いただした。
    今度はもう許してくれないのかな。ああそれでもやっぱり可愛いと思ってしまう。
    可愛い、だけ?胸がざわつく。
    ジリジリ、ジリジリ。

    「…あ、ええと、飴のお裾分けを…?」
    「は…?え、これが…?」

    申し訳なさそうにししつつも自分でも何なのか分かっていないような口振りで答える実休に、福島は自らの口の中を指差しながら言葉の意味を反芻する。お裾分け、とは。

    「そう。べっこう飴。甘くて美味しかったから、お詫びがてらに同じものを…共有?したくて」
    「共有っておま…何で口移し?!詰め合わせを買ったなら同じ物は入ってるだろ?普通にそっちくれよ…!」
    「うーん何故かな…僕のと"同じ"飴を福島にもあげたくなって…?」
    「同じって、同…自分が食べ…そういう…えぇ…?意味が分からない…。というか!飴渡した後も長々と!何してんだ!」
    「それは、その、福島の唇に触れたら何だか止まらなくなってしまって…次は渡したらちゃんと止めるよ、ごめんね」
    「次、ってちょっ…いや違う違う!というか一度口に入れた飴をお裾分けってあり得ないでしょうが!お裾分けだの共有だの、ああいう形ではしないの!口移しとか論外!」
    「え…」
    「えじゃなくて…」

    ようやく息が整ってきた福島だが、独特な発想をしてくる兄との問答にどっと疲れが押し寄せる。体力的にもだが主に精神的な方で。口に押し込まれた飴を胃に入れる事に抵抗はあったが今この場で吐き出す事も出来ず、八つ当たりのようにガリガリと噛み砕き怒りと共に一旦無理矢理飲み込んだ。助けて光忠、お兄ちゃん何か大事なものを奪われた気がするんだけどどうすればいいかわからない。多分一生勝てない。

    「ん…、これからは同じものを口移しで渡すのはやめるよ。お詫びのつもりが、また迷惑をかけてしまったかな。悪気はなかったんだ…ごめんね福島。………許してくれる…?」
    「っ…………それ、本当に反省してるんだろうな…?」

    もう一度じとりと睨まれるが、悪気や悪意がなかった事も反省している事も一応は真実である実休は、至極真面目な顔で恐る恐る首を縦にふる。段々と眉尻も口角も下がっていき何とも悲しそうな顔していく兄に、福島はみるみると詰める気が削がれていく。体格のいい己と同等かそれ以上の図体をしている癖に、まるで悲しげに震えるか弱い小動物のようでこの顔をされると弱いのである。

    「…あぁぁ〜も〜…分かったよ、許すよ…。いきなり口移しで何かを突っ込むのはやめて、ほんと。もし次やったら本気で怒るから」
    「うん、気をつけるよ。許してくれてありがとう」

    はぁぁぁと深くため息を吐きながら肩を落とす。そんな福島を見て、申し訳ないと思いながらも怒った顔も困った顔もやっぱり可愛いと思ってしまう。こんな自分に構ってくれて、振り回されてくれている。ジリジリ、過度な熱を与えられた何かが溶けて焼けていく。日常に戻りかけた空気に抗うように、何かに引っ張られているような、手招かれているような。実休は自らの額に手のひらを当て、ぼんやりと一点を見つめて黙り込んだ。胸が熱されるような…かといえば先程のように引っかかったような不快感を感じたり…自分はどこかおかしくなってしまったのだろうか。出会った頃はこうじゃなかったのに。

    「…おい大丈夫か…?なんか調子悪い?」
    「あ…いや…」

    この期に及んでまだこちらの心配をしてくれる福島に目眩のような感覚を覚える。元々色々抜け落ちたまま顕現した実休の事を気にかけてくれて、世話を焼いてくれた。隣に居てくれると嬉しくて、隙間だらけだった自分の何かを少しずつ丁寧に埋めてくれるようで。上手くいかない時も空回ってしまう時も少なくはなかったけど、何度だって彼は許してくれて。優しい子。優しくて甘い。

    「たぶん…」

    もっと欲しい。足りない。もう一度触れたい。
    伸ばしたくなる手を必死に堪える。
    実休以外の者へと贈られる白い花が、未だに大事そうに福島の腕の中にいる事が妙に目に付く。

    「だいじょうぶ…」

    おかしいな、隣にいるだけで充分だったはずなのに。今はもう誰の元へも行かせたくない。ずっと二人だけでいられたらどんなに良いか。これじゃ福島に嫌われてしまう。ジリジリと焼け付く音と甘いにおいに誘われるように、先程触れた柔らかな彼の唇が目に入る。
    逸らせない。止まれない。

    「なら良いけど…ほら、用は済んだだろ?俺は一旦花を置いてくるから…」
    「………」
    「実休?」
    「もう一度、唇を合わせてみたいと言ったら」
    「は?」
    「福島は怒る?」
    「は?」
    「もう一度、」
    「いや聞こえてはいる。全然理解が出来ないだけで」
    「何故?」
    「張り倒すぞ」
    「何故?」
    「嘘でしょ全然めげない…怖…」

    強制的に終わらせた話を即座に蒸し返され、福島は再度大きなため息と共に肩を落とし床を見る。そういえば現在この兄弟が立っているのはほとんど人通りのない離れとはいえ普通の廊下であり、うっかり誰か通りかかっても不思議ではない場所である事を思い出す。こんな光景誰かに見られたら羞恥で折れる、確実に。
    そんな弟の心情もいざ知らず、実休は右手で福島の腕を再び掴む。どうやら少し力が入ってしまったらしく、彼は驚いた様子で床から目線を上げる。

    「福島」
    「うわびっくりした…って、いや、駄目に決まってるだろ?!ダメ!NOだよ!」
    「ダメなの…?」
    「えっ何でそんな顔すんの?やめてよ今可哀想なのはどう考えても俺の方でしょうが…!」
    「僕はまたしたい…さっきのすごくよかっ「だァァ言わなくていい!」

    ようやく落ち着いてきた福島の顔が再び真っ赤に茹で上がる。甘そう。今触れたら熱いのだろうか。ジリジリ。

    「どうしてダメなの…?」
    「流石にダメでしょ…!超えちゃいけない一線ってのがあんの!ぽやぽやしてるとは思ってたけどまさかこう来るとは…他の仲間にもやってないだろうな?!」
    「さっきも他の子にはって聞いてきたよね…何故そんな事を聞くの?」
    「何故って…」
    「やらないよ。やるわけない。したいと思ったのも、今が初めて。甘い匂いがするのも、胸の辺りが変になるのも福島だけ」
    「なっ…?…あ、いや、その、はァ?!」
    「福島、」
    「これ良くない良くないほんとに良くない。というかここ廊下!俺はダメって言った!一旦終わり!離してくれ!」

    流石にここまでくれば実休から福島へと向けられたものの正体は概ね分かってしまった。本来あまり声を荒げる方ではないし(対日本号の場合は例外)、弟に尊敬されるような余裕のあるカッコいい兄の振る舞いをしていたかったがこの際そんな事は言っていられない。朧げながらも福島に対し俗に言う恋慕の情を抱いてしまったらしいこの鈍感で強引な兄に今それを完全に自覚させてはならない。赤い顔を必死に背けながら腕を振り払おうとする福島をよそに、無意識に掴む力を強めていく実休はどこか遠くの方で彼の声を聞いていた。

    福島はもう、大好きな可愛い兄弟だけの存在じゃなくなってしまった。きっと唇だけでは足りなくなる。頭から足の先まで、髪の一筋まで、全部、全部。彼の全てを。飴なんかよりもずっと甘い。熱くて痛い。焼けつくようだ。超えたらいけない?何故?超えたらどうなるの?欲しがったらどうなるの?
    ジリジリジリジリ。
    パーツが埋まる感覚。黒く焦げ付いていく音。

    「福島」
    「なに!花がダメになるから離せ!ていうか痛いって!」
    「僕の目を見て」
    「は」

    時が止まったように周囲から一切の音が消え去った。空気が薄氷のように張り詰め福島の背中に冷や汗が伝う。体中が冷たいのに、先程染み込んだ実休の霊力だけが体内で炎のような熱を帯びている。

    「おまえ、ほんき、で…」

    第六感が警鐘を鳴らす。初めて兄に畏怖を抱いた。まるで脳に直接命令を下されたように、必死にそらしていた筈の顔がゆっくりと正面を向いていく。眼前にある暗く煮え滾る深淵の瞳をまともに見てしまえばもう背ける事は出来なかった。
    急げ、早く、花はもう諦めろ、腕を振り払え、逃げろ、動け、動いてくれ。

    先ほど逸らされた福島の瞳は恐怖と混乱に染まり揺れている。こんな顔をさせたいわけじゃないのにと思う反面、今この美しい紅に映り込んでいるのは自分だけであるという事実にどうしようもない程に愉悦と安堵を感じる。
    もう一度改めて正面から目を合わせ、実休はゆっくりと語りかける。

    「あのね」
    「待て、じ、実休、離してくれ。頼むから。それ以上は聞きたくない…!」
    「待てない。逃げないで。聞いて。福島」
    「や、やめ…」

    視線はそのままに、まるで人形のように力を無くした福島の両肩を掴み、トンと廊下の壁に背中を押し付ければ簡単に捕らえる事が出来た。掴んだ肩が震えているのが掌から伝わってくるが、離してあげられそうにない。

    「欲しいんだ、君が」
    「っ…」

    互いの鼻先が触れる。

    「今分かった」

    唇に吐息が当たる。

    「好き…愛してる…そう、愛してるんだ。大好きだから、好き過ぎて、君の全部が欲しくなってしまった。ごめん…ごめんね…とめられない。どうか、僕を許さないで…」

    どろどろに煮詰まった心。熱して溶けて熱し続けて、一度焦げ付いたらもう戻らない。炭になるまで燃え尽きるだけ。
    僕だけを見て。僕だけのものになって。最後の理性で喉の奥に何とか飲み込んだ言葉が焼け付き息がしづらい。

    福島が腕の中で守り続けた花が一輪、また一輪と滑るように地に落ちていくのを視界の端に静かに見遣る。

    再び触れる湿った温もり。
    柔らかくて甘くて、仄かに苦い。





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