いい夫婦「今日はいい夫婦の日なんですって。」
赤く色づいた木の葉も散り始めそうな頃、隣にきた妻が正座してそう言った。何か儀式でも始めるかのように背筋をピンと伸ばして真っ直ぐこちらを見つめる姿に思わず自分も居住まいを正して向かい合う。
「ほう。人間はまた面白い記念日を作るの。」
「ええそうね。ということであなた、私の好きなところを言ってみてくださいな。」
はいどうぞ、と言わんばかりにこちらに手の平を向けてくる妻。え、えぇと……突然何が始まったんじゃろうか。ツッコもうかと思ったが期待の眼差しで見られているのでひとまずそれに応えることにした。
「そ、そうじゃな……まずは優しいところじゃろ。愛情深くて、いつも他者を慈しんでおる姿が好きじゃ……。それから、ワシにいろいろと教えてくれるところ、ワシが何かしたらちゃんと褒めてくれるところも嬉しく思っておる。あと……」
ワシは尋問でも受けているのじゃろうか。改めて面と向かって言うと恥ずかしくて逃げたくなってくるが、うんうんと頷きながら嬉しそうに微笑んでいる妻を見てまぁよいか、と思った。
「ありがとう。それじゃあ、次は私からあなたの好きなところを言うわね。」
「あ、ああ。」
一通り言い終わったところで妻が口を開いてそう言った。まさか自分が言われる側になるとは思っていなかったので、不意打ちを食らってしまう。
恥ずかしさから丸まっていた背筋をピンと伸ばして聞く姿勢をとる。
「私もあなたの優しいところが好きです。こうやって聞いたら真っ直ぐに気持ちを伝えてくれるところ。いろいろ教えた時に素直な反応を見せてくれるところも、かわいいと思っているわ。あとは……」
その後も次々と好きなところを伝えられ、恥ずかしさから伸ばしたはずの背筋がまた丸まってきてしまう。
以上かしら、と言い終わったところで見た妻の顔はどこか満足そうだった。
「あ、ありがとう。照れるが、とても嬉しかったぞ。」
「それなら良かった。ねぇあなた、これだけお互い好きなところがある私たちは、きっといい夫婦だと思いませんか。」
そう聞かれ、ぽかんとしてしまう。
「え、なんじゃそれを確認したかったのか。そんなのいい夫婦に決まっとるじゃろ。」
そう返せば、自信あり気な妻の表情がピタッと固まって、かと思えば両手で顔を覆い隠したまま背を丸めて蹲ってしまった。
「お、お前や、急にどうしたんじゃ。どこか具合でも悪いのか。」
「いえ、大丈夫、だいじょうぶよ……もう、ほんとうにもう……。」
心配でおろおろとしてしまうが、じきに体を起こして覆っていた手を下ろすと、妻は大きく息を吐き出した。
「あなたのそういうところも、大好きですよ。」
頬を赤く染めて、少し視線を逸らしながらそう言う妻に、『あぁ、今のが一番素っぽかったの。』とまた愛しさを感じた。