あたたかさと待ちぼうけ (おむすび) 「お腹がすいたのう……」
夕方の鳥が鳴き止んで、次第に鈴虫の音が聞こえてきた夜のはじまり。居間でぼうっと寝そべり天井を見上げながら呟く。
いつもなら夕餉を食べている時間だが、事情があって今日はまだだ。待っていようと思っていたが、いよいよ空腹を訴えた胃がぎゅぅっと鳴り出してしまった。
「……仕方ない、あれをいただくとしようかの」
よっこいしょ、と体を起こして台所へと向かう。
扉を開ければ、そこにはラップのかけられた皿が台の上に一つ置かれていた。それを持って居間へと戻る。
座卓にそれを置き、いただきます、と手を合わせてからラップを剥がせば、中にはおむすびが二つ入っていた。
これは今朝、帰りが遅くなりそうだからもし腹が減ったら食べてくれ、と水木が握っていってくれたものじゃった。片方は真っ白で、もう片方には海苔が巻かれている。
「たしか……白い方が塩むすびで、海苔の方がしゃけと言っておったか」
どちらから食べようか迷い、先に簡素な方から味わった方が良いかと思って塩むすびを手に取る。綺麗な三角形でギュッと固めに握られているそれが、まるで水木の性格を表しているようで少しおもしろかった。
一口かじれば、ちょうどよい塩気が口の中に広がり、米の甘さと相まって空腹にはたまらない味わいとなる。もう一口、もう一口と食べたくなるその味に、気づけばあっという間に食べ終わってしまった。
手に残った米つぶを取って、次はしゃけへと手をのばす。
一口かじっただけでは具に辿り着かず、二口目でようやくしゃけと海苔を味わえた。しゃけの旨味と口の中に残っていた塩気が合わさって、やはり先に塩むすびを食べて正解じゃったなと数分前の自分を褒める。水気を含んでしっとりとした海苔もクセになる味わいじゃった。
頬張りながら、これを作ってくれた人物のことを思う。腹を空かせて困らないよう食料を用意していってくれたこと、忙しい朝の時間にわざわざ2種類も握ってくれたこと。わしのためにしてくれた水木のその優しい行為に、冷たいはずのおむすびが不思議とあたたかい気がした。
「ごちそうさまでした」
しゃけも食べ終わり、空になった皿の前で手を合わせる。
本当は当人を前にして言いたかったが、残念ながら今は叶わない。きっと今頃「ざんぎょう」とやらと戦っておるのじゃろう。
音のしない玄関の方を見ながらため息を吐つく。
「早く帰ってこんかのう……」
満たされた腹と満たされない心を抱えながら、帰りをじっと待ち続けた。