晩秋の海水浴場は自分と少し後ろを歩く次兄であるはりまの他には数組の親子連れが砂遊びに興じている様子が見える。小さな子供のはしゃぐ声と側を走る車道から聞こえるエンジン音にどこからか軽快な音楽がかすかに耳に届く。そして同じ海でも馴染んだ港とは違う、絶えず波が押し寄せる音にそわそわとして落ち着かない。
遊歩道から砂浜へと降りる際に脱いだ靴を片手に歩く。一歩進むたびにしゃりしゃりと音を立てている。湿り気を帯びた砂は細かな貝の欠片などが混ざりあい、足を踏み入れる度に素足に纏ってくすぐったい。あいにく空は薄曇りだが、この時期まだ昼過ぎであれば薄手の羽織一枚でも事足りる程度で素足でも冷える心配はしなくて良さそうだ。
ゆるやかな傾斜を下るともう波打ち際だ。そっと一歩踏み入れて踝まで浸かり、寄せては引いて時々ぱしゃんと足元で波が跳ねる感触を味わう。気温より少し温かな海水はとても肌に良く馴染み、気持ちがいい。もう少し深く、遠く。じわじわと物足りなさが思考を埋めていく。ちらりと少し後ろで様子をみているはりまを振り返ると、まだ何も言っていないにも関わらず苦笑とともに少しだけな。と返ってきた。次いで濡らすなよとの声にさすがにもうそんな子供じゃないのになぁと思いながらも、大人しく裾を膝上まで上げておいた。
ざざんざざんと繰り返す波音に混じって自身の動きに合わせて水音が小さく立つ。ふくらはぎまで浸かったところで立ち止まり、そのまま視界を行き交う大小の船舶をじっと眺めていた。もう少しだけ。一歩踏み出そうとしたとき背後で名を呼ぶ声がした。
「あき。そろそろ戻ってこい」
もう一度呼ばれ名残惜しさを感じながら渋々引き返す。手の届く距離まで戻ったところでおかえり、と腕を引かれる。海に呼ばれるというのはこのことなのだろうか。水辺から引き揚げられた途端にかすんでいた思考が晴れていくのを感じた。
波打ち際を横目に二人歩きながら、はりまは最初に言っておけばよかったんだがと前置きを入れ未熟な内はこういうことがあるのだと教えてくれた。人の身体に意識を宿していても水の中が落ち着くのだと。話す兄自身は今の自分より幼いころ海中に突如しゃがみ込み、見ていた長兄を随分と慌てさせたそうだ。
「公試出た後の方が人格がより安定するんだが、チビの進水後だと置いていくわけにもいかないからな」
そう言いながら無茶をする方じゃなくて助かったと笑っている。
そろそろ冷えてきたし帰るか。そう言って先を行く背中を追いながら海を振り返る。艦の上からあの路を行くまであと少し。