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    s_sc457

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    短いのです クレーちゃんにチョコ貰えなくてショックを受ける騎兵隊長がいます

    バレンタイン🔥❄️バレンタイン
    しゅる、とリボンが擦れる音。カウンターの隅に積み重ねられた箱は可愛らしい包装紙に包まれているが、ガイアの指はその繊細なラッピングを無感情に解いていく。
    「仕事と結婚してるくせに、よくも毎年これだけ貰えるもんだな。妬けちまうぜ、なあ旦那?」
    「面倒な酔い方をするのはやめてくれないか…」
    ディルックに宛てられたはずのチョコレートを次々と口に入れていくガイアの頬はほのかに赤い。酒に強い彼が顔色を変えているのは、相当アルコールが回っている証だった。バレンタインでチョコを渡しに来た客が多かったせいで忙しく、ガイアに言われるがままに酒を出してしまった。少し反省しながら、ディルックは彼の元にあった空のグラスを回収する。ガイアは悪びれもせずオーダーを重ねた。
    「もう一杯。おまかせで」
    「君、ここに来る前も相当飲んできただろう」
    とぼけた振りで首を傾げるガイアは、キャッツテールで数杯引っかけてからエンジェルズシェアを訪れている。全部ちゃんと知っているディルックは、回収したグラスに勢いよく冷水を注いで返した。
    「せめてジュースにしてくれよ」
    「ラストオーダーはとっくに過ぎてる」
    ちぇ、とガイアが唇を尖らせる。特別甘党という訳でもないだろうに、よくチョコを大量に食べた上でジュースを飲もうと思えるものだ。ガイアの指が次の箱に伸びて、金色のリボンが解かれていく。
    「旦那も酷い奴だな。みんなが考えて選んだチョコを他人に食わせるなんて」
    「君が毎年勝手に食べてるんだ」
    「止めないのは同罪だろ」
    ガイアの言う通り、彼を一度も止めなかったディルックは口を噤んだ。こう大量に貰ってしまうと消費に困るのだから仕方ない。小さな箱をまた空にしたらしいガイアは、次の箱に手を出しかけて怪訝な表情を浮かべた。少し奥、積まれた小箱たちとは別の場所に赤い箱が鎮座している。そっと手に取ったそれは、見覚えのあるマークに飾られていた。
    「これ…」
    白いリボンを彩るのは金色の四つ葉のクローバー。ダメ押しに、リボンが留めるカードには『ディルックさんへ』と子どもらしい大きな字で書かれている。『へんな』という文字を消した跡があった。どこからどう見てもクレーの作ったチョコだった。
    「俺、もらってない」
    「…そうか。彼女も案外見る目がある…」
    ディルックはガイアのことをからかってやろうとしたが、彼が本当にショックを受けた表情を浮かべていたので無理やり語尾を飲み込んだ。ガタ、とカウンターに手を着いて身を乗り出したガイアがディルックに詰め寄る。
    「忘れてるだけだよな?」
    「僕に聞かれても困る」
    「だって、お前に渡して俺に渡さないはずない」
    「それ、僕に失礼だとは思わないのか?」
    ガイアは反論しかけたが、何か生温いものが鼻の下を伝った感覚があって口を閉じた。ディルックが目を丸くしている。下を向けばカウンターにぱたぱたと赤い染みができていて、ガイアは慌ててクレーの箱を避難させた。
    「一度に大量に摂取するから…」
    「ゔっ」
    鼻を勢いよくハンカチで抑えられて、ガイアは小さく呻いた。鼻血を出したのなんていつぶりだろう。アルコールに浮かされた頭ではよく分からない。面白くなってしまって小さく笑えば、ディルックの眉間の皺は一層深くなる。
    「なんで僕の貰った方にばかり執着するんだ。君だって散々貰っただろう」
    「お前に食わせたくないからだよ」
    なんとでも取れそうな言葉を選んで、ガイアはカウンター上に残っていた箱をどさどさと紙袋に詰めていく。ディルックは「一日一箱までにしたほうがいい」と言っただけで特に止めはしなかった。クレーのものだけを残して全てを収めた紙袋を持つと、ひょいとスツールから降りる。
    「ハンカチ汚しちまって悪いな。洗って返すぜ」
    「お返しは?」
    「え?」
    「これだけ僕のものを食べ散らかしておいて、お礼のひとつもないのか?」
    ディルックが全部を見透かしたみたいな顔で笑う。ガイアはしばらくの沈黙の後、彼が差し出した手のひらに黒い箱を置いた。正直に言えば、今日はこれを渡すためにアルコールの力を借りたはずだった。
    「…その辺で買ったやつだからな」
    「わかってる」
    ディルックの指が、〝その辺で買った〟と言うには力の入った繊細なハートの飾りに触れる。ガイアは気恥ずかしくなってすぐに踵を返すと、出入口の扉に手を掛けた。
    「ガイアさん」
    振り返った途端に放られた箱を辛うじてキャッチする。赤いリボンの結ばれたそれは、わざわざ端に葡萄のマークの刻印が押されている。
    「その辺で買ったやつじゃないよ」
    そっちがそう来るのなら、ガイアだって散々悩んで店の中を何周もして選んだものだと言えばよかった。翌朝になって後悔する気しかしないけれど。
    来年はそうしよう、と思いながらガイアは小包を懐にしまいこむ。当然のように、来年も同じバレンタインデーが来ると思い込んでいる。ちょっと滑稽でふわふわ浮いた心地のまま、ガイアは「ありがとう」と小さく呟いた。
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