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    nekotakkru

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    ヘタとはじっぽクロスオーバー

    #クロスオーバー
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    大きな大地の小さなお話寒い寒いこの土地で、ボクは何を得られただろう。


    いつだって厳しくて、冷たくて、冷酷で。


    それでもここが好きなのは、貴女がいてくれたから。





    北風と雪が織り成す轟音の中、パチパチと薪が燃えて割れる音が響く。年中吹雪いているようなこの国では当たり前の光景なのに、今日は自分の心の中を表しているようでやけに耳についた。

    母さんが死んでしまった。

    いつかは来るかもしれないと、胸の奥底にしまっていた不安が、事実として頭をもたげ心臓を握りつぶすように支配している。思い出すのは優しい笑顔と温かいスープ、明かりをつけることのない習慣の我が家なのにキラキラと輝いていた気がする。それがさらに切なさを増して襲いかかる。母さんが着ていたカーディガンも役目を終えたかのようにぬくもりを失っていた。確かに存在していたのにはじめからなかったような焦燥感、なのに苦しみだけはそこに有る。

    「ボクは、貴女が誇れるような息子だったでしょうか」

    小さく呟いた言葉に返事をしてくれる人は、もう、いない。

    幼い頃から母が全てだった。遊んでもらった記憶は数える程だが、食事をする時も話し相手も、いつも傍には母がいた。自分から行動することがあまり得意ではなかったボクが、勇気を振り絞って新しいことに挑戦できたのも母を想う一心だった。たとえそれが、母の望まない形であったとしても。
    それなのに、今は行動する理由が見つからない。足を動かす力が湧かない。張り詰めていた糸が切れたように体が動かない。
    ボクはどうしたらいいんだろう。

    「……?」

    ふと顔を上げると何かがぶつかる音がした。それは吹雪の音でかき消されそうなほど小さいけれど、でも確かに。扉を見つめ耳を済ませればそれは確信に変わって、急いで走りより扉を開けた。途端に鋭い刃のような風が体中に叩きつけられる。少し怯んでから目を開けると扉の外にはまるで寒さを気にしていないように笑顔を作った人物が立っていた。背はボクより高いけど、表情はどこか幼くて、ボクと同じぐらいの年齢だろうか。

    「えっ…と…?」
    「こんばんは。吹雪いてきちゃって、困ってるんだぁ。少し休ませてくれるかな?」

    のんびりという彼に、緊張感は感じられないけどこの吹雪の辛さは分かる。すぐに奥へと促せば、彼は当然とでもいうようにすたすたとリビングへ進んで行った。扉を閉めながら少し呆気に取られたけれど、彼にはこうしないといけない気がする。断りもなく暖炉に近い席に座る彼に妙に納得して、ボクはキッチンへ向かった。
    二つ分のカップにスープを入れる。もう動けなくなった母の代わりにボクが作ったスープ。母ほど美味しくはできなかったのに、顔をほころばせて美味しいと言ってくれた。ちくり、と胸が痛む。母の思い出ともうこの世にはいないという現実が心を乱した。今は客人がいるからと頭をふって無理やり感傷から抜け出す。
    戻ってみると彼は何かをじっと見ていた。視線をたどれば幼い頃のボクと母の写真。ただ純粋に笑顔を向けている二人が、今は随分と残酷だ。なぜだか気まずくて、ボクは意識を向けるようにカップを彼の前に置いた。

    「どうぞ」
    「わぁ、ありがとう。少しお腹がすいてたんだぁ」

    にこにこしながらスープをすする彼の正面にボクも座り、カップに口をつける。やはり、母が作ってくれたスープの方が温かくて美味しい。
    込み上げてくるものを押し込めていたら、彼が不意に声をかけてきた。

    「ねぇ、あの人は誰?」
    「…母です」
    「へぇー」
    「つい先日、亡くなりました」
    「そうなんだ」
    「……はい」
    「じゃあ、今、キミはひとりぼっちなの?」

    投げかけられた言葉にぎゅうっと胸が苦しくなった。頭では理解している、何度も確認をとっている。それなのに、いざ言葉をぶつけられれば簡単に心が砕けた。

    そうだ、ボクはひとりぼっちになってしまったんだ。

    しん、と部屋が静かになった。薪が割れる音も吹雪の音も聞こえない。認めたくない現実に黒く塗りつぶされるような感覚。嗚呼、なんて寂しいんだろう。

    「じゃあ、キミは僕と同じだね」

    彼の言葉に顔を上げる。彼は相変わらず無邪気に微笑みながらカップの中のスープを揺らしていた。

    「僕も、少し前までみんなと住んでたんだ。姉さんと妹、あとお友達。毎日毎日すごく楽しかったなぁ。でも、気がついたらみんないなくなってたんだ」

    淡々と語る彼の言葉に耳を傾ける。同じ、という言葉に親近感以上の感情が湧いていた。なのに、なぜ彼は笑っていられるんだろう。寂しくないんだろうか。取り乱して、情けなく泣きじゃくりたくなったりしないんだろうか。それとも、なんの感情も湧かず心に穴が空いたような状態なのだろうか。

    「キミは、どうしてそう笑っていられるの?」

    尋ねるボクに彼はまっすぐ瞳を向ける。その瞳はこの国の景色に似ていた。夕日が沈む少し前の時間、夜に変わる前の一瞬の空、青が黒と交わるようなその狭間の色。紫と群青の中間の色。

    「だって、終わりじゃないから」

    一口スープをすすって、カップを置く。彼の視線は再び写真に向けられた。顔は微笑んでいるのに、その心の中が読み取れない。少し背中が寒くなった。

    「みんなバラバラにはなったけど、一生会えないわけじゃないんだ。だったらもう一度、みんなと仲良く暮らせるように出来ることをしようと思って、そのために今はもっともっとたくさんのお友達を作ろうとしてるところ。一番は、新しくできたお友達も前のお友達も、みんなみんな一緒に僕の家に住めたらいいんだけどね」

    向けられた笑顔から、柔らかさに反して意志の強さが窺える。言葉だけを見ればなんとも平和で暢気だけど、どこか殺気立っているようにも感じる。その姿に触発されたのかスープとは違う熱が体からじわりとのぼる。そうだ、ボクにだってまだ出来ることがある。したいことが、ある。

    「キミは、これからも、ずっとひとりぼっちでここにいるの?」
    「…ボクシング」
    「ん?」
    「ボクも…。ボクも、したいことがあるんだ。簡単に諦めきれないものが。ずっとずっと、心に残っているものが」

    確信を込めて拳を握る。人を殺す凶器が、今はこんなにも頼もしい。息を吹き返すように心臓が脈打つ、血が巡る、体が熱くなる。またあそこに、リングの上に戻りたい。

    「そっか」

    ことりとカップを置いて彼は一言呟いた。その流れで席を立ち、身なりを整える。来た時と同じ足取りで扉に向かうので、慌てて止めた。

    「どこに行くの?」
    「そろそろ帰ろうかなって。スープ、ごちそうさま」
    「帰るって、外は吹雪だよ?」
    「平気だよ。僕には強い味方がいるから」

    扉をひらけば全てを凍らせるような風がピタリと治まった。驚いているボクに彼は少し得意げに笑ってみせる。なんとも不思議な人だ、まるで自然とともに生きてきたような、自然そのもののような。

    「このあたりで珍しいものが見られるって聞いたから散歩してたんだ」
    「散歩って、あの吹雪の中を?」
    「うん。思ったよりも強く吹雪いてきちゃったけど。でも、そのおかげで発見できたからよかったよ」
    「それは、何?」
    「気高き白い狼。“ホワイト・ファング”」

    懐かしい呼び名、ボクの憧れ、この地の王。その威風堂々とした姿になりたくて選んだ道。母さんはボクがもう一度その道を進みたいと言ったら反対するだろうか。いや、きっと彼女も目の前の彼のように全てを理解した上で、ボクを送り出してくれるだろう。かつて、そうしてくれたように。

    「それじゃあ、僕は帰るね。キミの活躍、楽しみにしてるよ。」
    「うん、ありがとう。…同胞よ」

    最後にもう一度微笑んで、彼はこの家を後にした。暫くすると再び吹雪の音が聞こえる。本当に、彼はいったい何者だったんだろう。そういえば名前すら聞いていなかった。ただ分かるのは、彼はこれからもずっとこの国と共にあるのだろう。だったら彼に届くまで、母さんに聞こえるまでボクは自分の名前をあげよう。この吹雪に消されないためには、広い祖国に響き渡るためには半端な覚悟じゃいけない。もう、心は決まっている。厳しさを求め、ボクにとっては名ばかりの、あの自由の国へ向かおう。その前にまずは友人を訪ねなければ。遠い島国にいる、ボクの心強い友人の元へ、あずけている物を受け取りに。
    二人で撮った写真の前に母さんのカーディガンを綺麗に折りたたんで、置く。先ほどとは違って今は穏やかにその写真が見れる。ボクの大好きな表情を胸に刻んで、応えるようにボクも微笑んで。

    「行ってきます、母さん。」

    いつかの優しい声が耳に届いた気がした。





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