Happy Birthday, My Friend.「さいっあくだよッ! もう!」
シドは早歩きをしながら頭を抱えた。反対の手では、友の手首をつかんでいる。等間隔に並んだ廊下の間接照明が、ふてくされた横顔を照らす。
「サプライズだよ」
「サプライズすぎるだろ!」
言葉数は少ないが、彼のしたいことは何となくわかった。
もとをたどれば、「誕生日の零時に」というワードを出したのは自分のほうだ。「スタンプの一つでいいから、送ってくれ」と添えて。子どもじみた願いだ。つい、問われてもいないのに「ネアにいちばんに祝われるのも癪だし」と言い訳がましい悪態をつく。友は二つ返事でうなずいた。
まさか、夜中の零時に直接来るとは思わなかった。
気配を感じて、バルコニーに通じる窓を開ける。片手にワイヤーを掴んだ友は、わずかに微笑んだ。
「シド、誕生日おめでとう」
それから、バルコニーにそっと片足を下ろす。呆気にとられて、つい警告が遅れた。
こつんと靴のつま先が着地した瞬間、けたたましい警報が鳴り響く。
「あぁ、もう!」
友は足をひっこめるが、もう遅い。とりあえず、重量に反応するセンサーのない室内に連れ込んだ。すべきことが駆け足で巡る、まずはジョーカーをどっかに隠す。それから、警報が鳴ったのが誤作動だと警備と夜勤の使用に人に伝えて──。
廊下には、「大丈夫か?」とドアから顔を覗かせる同僚の使用人。「誤作動ですが、念のためネア様の安全を確認してきます。外には出ないでください」と早口で告げる。言いながら、室内には手招きのハンドサイン。それにつられるままやってきた手首をつかみ、シドは滅多に使われない非常階段にまっすぐ向かう。
「ごめん。迷惑だったか?」
「あぁ、迷惑だったよ!」
非常階段へつながるドアを開ける。ひやりとした秋風が、短髪とストロベリーブロンドを揺らす。
「でも、ありがとな!」
頼りない蛍光灯の光が、歯を見せて笑うシドを照らす。
真っ白なお仕着せの姿でも、洗練された向日葵のような笑顔でもない。麻素材のパジャマを着て、ニカッと歯を出して笑う彼はあまりにも無防備で、ジョーカーはつい、子どもの頃を思い出す。
──おかしなこと聞くなよ、友だちだろ。
てらいなくそう言った少年が間違いなくシドの中にいるのを確信して、ジョーカーはくすぐったい気持ちになる。
「またな。次は、バルコニーはやめろよ」
あの夕暮れ時と変わらず、シドは「また」と言うのだ。
シドは背を向け、軽く手を振った。探偵卿である主人のもとに向かうのだろう。しかし、さみしくはなかった。幼いころと変わらず「またな」と言うシドの背中を見送って、ジョーカーは通信機のスイッチを入れた。