タイトル未定 今になって思うのは、ずっと見ていたそいつの姿が単なる虚像でしか無かったという事だ。
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閉じていた筈の遮光カーテンから微かに、しかし鋭く差し込む日光で眠りから覚醒する。ベッドサイドに雑に置かれたスマートフォンで時刻を確認すれば、今がもう朝の時間とは言い難い様なそれになっていた。
昨晩散々抱かれ潰された身体を起こす。それなりの年齢だと言うのに無理を掛けさせられたせいか、腰にズキリとした鈍痛が走る。故に俺は、「ったく、少しは抱かれる側の身体を思い遣ってはくれないものかね」と、隣で一糸纏わぬ姿のまま今尚眠りに就く、俺を抱き潰したその男、海老名正孝の横顔を見、溜息を小さく吐いた。
「おい、起きろ」
「……」
「ったく、いつまで寝ていやがる。もう昼だぞ」
何度か軽くその筋骨隆々とした、しかし雪の様に白い肩を叩き、揺りながら、海老名に起床を促してみるが、しかしどうも起きる気配は無く。その様子に、俺は海老名を起こすという甲斐甲斐しい真似をする自分がどうにもバカらしくなってきて。
「まあいい。朝飯と煙草でも買ってくるか」
そうして起きぬままの海老名を放っておく事に決めた俺は、その間の持て余した時間を過ごす為、用意していなかった朝食の何らかと確かもう直ぐ切らすだろう煙草を近所のコンビニへ買いに行こう。と、ベッドを降り軽い身支度を整え、そうして1人自室を出た。
自宅アパートを出、コンビニまでの短い距離をダラダラと歩く。未だあまり慣れない日中の街路を歩けば、近くの公園から無邪気に遊ぶ親子の楽しげな姿がチラリと見え、そうか、今日は休日なのか。と失い掛けていた自身の曜日感覚を少しだけ呼び覚ました。
ーーー親子の楽しげな姿、か
公園を通り過ぎた辺りで彼等のきっと幸せなのだろう光景を思い返せば、俺の口からハッ、と乾いた笑いが漏れた。別に今更彼等の様な普遍的な幸せを望んでいる訳ではない。そもそも自分にはそんな資格など有りやしない。
されど。
されど、ならばアイツは。海老名はどうだ。
俺が慕い敬愛した荒川の親父や、その他の同族のせいで碌な愛情を享受する事が出来なかった海老名は、公園での光景を見、一体何を感じ思うだろうか。生憎俺自身、他人の感情を慮れない性格なもんで、海老名が何を思うかなど今直ぐ分かりやしないが。それでも普遍的な幸せや愛情を知らぬまま育ったが故に、海老名の今があるのだろう。という事位は想像出来た。
それ程に海老名正孝というのは、一見冷徹で底知れぬ怖さを持つ様だが、その実誰より愛と他者の温もりとやらに飢え執着する、寂しい男だった。