誘惑「悪魔くん、フェアしてるよ」
ショッピングモールを新書を抱えて歩きながら隣を行くメフィストが足を止める。
「バスキンロビンス……」
「サーティワンだろ」
「どっちも合わせて正式名称だ、
「買うのか?」
「安いから買って食べちゃおうよ」
「まあ、いいけど」
君、そんなにたくさんアイス食べられるか?
と聞くのはやめておいた。
僕は食べるものは同じ味である方が良いが、彼は目新しいものが好きだ。
「たまには悪魔くんも選んでいいのに」
「君が食べきれなくなったら食べる」
席を先に確保すべく、僕は新書の袋を座席に置いた。そういえば下に天然石のコーナーがあったな、と思い返す等している間に整理券を持ったメフィストがこっちにやってきた。
「お、席サンキューな」
「ああ」
いくつ頼んだのか彼は満足そうにニコニコしていた。
「今日新フレーバー増えてたよ」
「そうか」
「悪いな、いつも付き合わせて」
親と来た時は流石にアイス買ってもらうのも気が引けるっていうかなあと、珍しくメフィストが言いづらそうに話していた。
「いや、べつに僕もアイスは嫌いじゃない」
君が選んだものを、食べるのが少し心地よく感じる。
「悪魔くんって糖分必要そうだもんな」
どんな結論だそれは。
「メフィスト、呼ばれてるぞ3番の整理券」
「あ、やば、行ってくる」
このあと10個入りを買ってきた彼はかなり満足そうな顔で食べ始め、
途中でギブアップした。
代わりに混ざり始めたアイスを食べる。
色と味が重なっている部分が少し好きだ。不思議な味がする。
「悪魔くんさあ、胃強いよなぁ」
「欲張るからだろ」
あ、と1口サイズのナッツ入りアイスを食べる。
「強欲は身を滅ぼすぞ」
などとからかいながら、下の方は同系統のアイスが陳列されいるのに気づいて少し笑った。
「最初から分けて買ったらいいんじゃないか?」
「悪魔くん、ロマンなんだって10個入りは」
だったら、10個全部違う味を買うべきで、これでは最初からこのあとは自分の為に買われたようなものだ。
「そういうものか」
「そうそう。得した気になるんだって」
「そうか」
彼のことを、たわいない日々で少しずつ知る度に僕は少し不思議な気持ちになる。
以前は、こんなことはなかった。
外出する時間があるなら、写本を読みたかったし、彼の理論の破綻した話も聞き流していただろう。
でも、今は違う。
バニラの香りが広がる。メフィストがこちらを見ていた。
「美味い?」
「旨いよ」
彼はこういう風に言外に僕を気にかけている。
バニラの香りがする、と小さな声で彼が言う。
「君が選んだんだ、……」
言いかけて昨日、ロフトに泊まった君の持ってきたオイルを思い出した。
「趣味が、悪いぞ……」
「下で魔術用に石買ってやるから許してよ」
悪魔のように彼は笑った。