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    aoirei0022

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    aoirei0022

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    幸せ月間🎩🥞
    お題「ここが帰る場所」

    愛だとか恋だとか(2)「じゃあ、帰るけどちゃんと飯食えよ」
    「ああ」
    いまいち信用できない部屋の主が本を読みながらも手をひら、と振る。
    始めは気づいて居なかった。いつもこうして彼は手を振ってくれていたのだ。
    彼の言葉は少ない。
    そして、とても分りづらい。

     猫のほうがまだ分りやすいかもしれない。
    そう思っていたこともある。
    そういえば彼は少し猫のような所がある。ごろごろとソファの上で考えごとをしながら
    本を読んでいる時や、ココアが好きな温度まで下がるのをじっと眺めている時、
    彼の瞳孔が少し大きくなっている。

    態度もそうだ。
    なにしろ、彼は頭が良いので通常の会話はほとんど成立しない。
    礼を失しているようにしか見えないだろう。
    ただ、誰にでもそういう態度を取っている訳でもない。

    ただ道を歩いているだけなのに、つい彼の事を考えてしまう。
    毎日会ってるのに。

    「ただいま」

     家に帰って、着替えるとあの不思議な空間と縁が切れてしまうようで少し寂しい。
    家には父親がいて、夜には母親が帰ってきて、「自分のふつう」に戻る。
    事件も、謎も無い。
    平和だ。
    映画でも見ようかな。
    頭では考えつつも、ついSNSや動画サイトで時間を潰してしまったり、
    デモプレイヤーとして事前登録していたゲームを始めたりしてしまう。
    風呂に入って、大体普段眠る時間になってから、最近怠惰だと思った。

    その日、数年前始めて彼に会った日の夢を見た。
    夢だから、あの日の現実とは違って、俺はちゃんと彼と友達になっていた。
    今と同じくらいの距離、今と同じくらいの考えをしているはずなのに、
    俺だけ少し年上の感じで、接していた。

     彼は正論を述べただけで、喧嘩を売ってるわけではなかったし、
    何しろ生活の殆どを文字と論理で消費しており、何ならまともな食生活とは居えず、殆ど糖分を食事変わりにしている研究者だった。

    夢だからか、彼はあの時の年齢なのに、自分は今の自分なのだ。
    キッチンとしてかつて使われていたそこは、まだガスコンロがあるだけで、買出しが必要だった。
    最低限の調理器具を揃えてきてから近所のスーパーに行き、ホットケーキを作ることにした。
    彼は、扉の向こうから半分だけ顔をだしてこちらを見ていた。やっぱり猫っぽい。

    切り分けたバターとメープルシロップを別添えにして、好きなだけ掛けられるようにしてキッチンで2人で食べた。
    顔に、おいしいが出てる彼を見るのは始めてだ。いつもそんな顔をしてくれたらもっとたくさん焼いてやるのに。
    それから、彼は不思議そうにこちらを眺めていた。

    「ホットケーキは、それだろ」
    バターとメープルシロップで食べる、ちょっとしたおやつ。俺がメープルシロップ高いからちょっと安いやつだけど
    と苦笑いする。

    「そうしない人間もいる。定義がバラバラだから」
    どうして、自分が好きなものがこれだと分ったのかと彼は尋ねたいようだった。

    「うちの家の味だよ、昔から」

    「家・・・・・・」

    「真吾おじさんの作るホットケーキって、おばあちゃんのレシピなんだ。だから
    家のパパもママも同じ味のを作るよ。俺もね」

    「だから、か」

    彼は何か納得したかのようにホットケーキを食べていた。
    やっぱり美味しそうに食べていた。それが酷く幸福で、酷く残酷な思い出であることに、俺は少し
    泣きそうになった。彼はどこから来たのか、親とも離れ離れになって、今は叔父さんが養父だけど
    それまでどうやって生きてきたのか。俺は知らない。

    「メフィスト」

    彼の言葉を最後まで聞くことなく目を覚ますと、普段起きる時間になっていた。
    いやいや、夢の中まで君って。昨日考えすぎたせいかな。
    作って貰った朝食を食べて、先月の会計をまとめて印刷した物を父に渡し
    家賃の滞納を窘められるなどした。

    午後、昼過ぎ。

    「いってきます」

    仕事用の服を着ると、これから向かうはずなのに、帰路をゆく気持ちになる。
    帰ってきた、なと思う。
    自分の家はあるはずなのに。

     ドアを開け、応接室に行くと机と仲良くしている彼が居た。
    キッチンを覗くと、鍋一つに箸が一膳水につけてあった。
    洗う気はないんだろうけど、少なくともこうしてあるだけで片付けやすい。

     キッチンを片付けてから、湯を沸かす。

    ミルクパンに牛乳を温めて、火を止めてからココアを入れ混ぜる。
    十分に溶けたら、一度コンロから外しておく。

    冷蔵庫のバターの残量を見て、明日買出しからだなと思う。
    切り分けたバターを別添えにして、シロップ入れにメープルシロップを注ぐ。

    薄力粉、ベーキングパウダー、卵、牛乳に、バニラエッセンスを入れる。

    混ぜ込みすぎると膨らまなくなるので、切るようにゴムベラで混ぜ空気を抜くために
    ボウルを濡れ布巾の上にとんとんと落とすように何回か繰り返す。

    鉄のフライパンを空焚きして、濡れ布巾で熱を下げる。
    あとは生地を流し、再びコンロに掛け弱火でふつふつと穴があいてくるのを眺めながら
    俺はインスタントコーヒーを飲む。
    フライパンを少し揺らして、自然と生地がフライパンから外れるようになったら、
    ひっくり返す。
    できたものから、保温性のある鍋敷きに乗せた、皿に積む。
    温め直したココアと一緒に、応接室に行くと、香りで起きたのか目は開いていないが
    ゆらゆらしている。

    「おはよう」

     ここが、俺の帰る場所になったのは、つい最近の出来事だった。

    「うん」
    まだ目が開いてない彼は、「朝か・・・・・・」と言いながら(午後だが)本を雑に片付けだす。
    彼の時間は彼の時計で回っている、と思うことにした。

    「ほら、ホットケーキ」

    「ん」

    彼は、昨晩みた夢の中の彼のように素直に頷いた。
    本当にホットケーキ好きだと思っていたけど、どうやら叔父さんたちに助けられてから
    始めて食べたまともなものがホットケーキだったらしい。
    それは、好きというより、もはや記憶の一部だろう。
    ホットケーキに口うるさい彼に、店で食った方が旨くないかと聞いたのを即否定され
    理詰めに理詰めされた時は、彼は悪魔くんをやるよりホットケーキ屋を開いたほうがいいんじゃ
    ないかとうっすら思ったが、彼は食べる専門なので無駄な考えだったことを一週間程で悟った
    ことを思い出して、笑ってしまった。

    「メフィスト、楽しそうだな」
    「旨い?」
    「旨い」
    「そりゃ、良かった」

    インスタントコーヒーの残りを飲みながら、『彼の朝』に付き合う。
    俺にとってはとても平和で良い時間だ。
    そう、思う。
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    sheep_lumei

    DOODLEサンポと星ちゃんが色々あって二人で買い物に行く羽目になる話 宇宙ステーションヘルタの「不思議なコーヒー」の話が少し含まれます
    作業スペースで書いた落書きなので誤字脱字とか普段より多いかも あとコーヒーがベロブルグにあるかは忘れたけど無かった気もする あるっけ ないか まあ知らん……
    コーヒーと服と間接キス「あ」
    「え」

    ベロブルグの街角で、星はブラックコーヒー片手に呑気に歩いていた。前に年上の綺麗なお姉さんたちがコーヒー片手に街を歩いていたのが格好良くて真似してみたかったのだが、星は開始十秒でその行動を後悔する羽目になる。

    ベンチでブラックコーヒーを堪能するために角を曲がろうとした瞬間、勢いよく角の向こうから出て来た人影とそれはもう漫画やドラマで見るくらいの綺麗な正面衝突をした。違う。綺麗な、というより悲惨な、が正しい。考えて見てほしい、星の手には淹れたてほやほやのコーヒーが入っていたのだ。

    「っ!? ちょ、あっつ、熱いんですけどぉ!?」
    「ご、ごめん……?」
    「疑問形にならないでもらえます!?」

    勢いよく曲がって来た相手ことサンポの服に、星のブラックコーヒーは大きな染みを作ってしまったのである。幸いにも何かの帰りだったのか普段の訳が分からない構造の服ではなくラフな格好をしていたサンポだが、上着に出来た染みはおしゃれとかアートとか、その辺りの言葉で隠せそうにはないほど酷いものになっていた。
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