その眩しさは「先生方は怖いもの、ありますか?」
夕食も終わり、一息ついた頃。
なんてことのない雑談が心霊番組へ視線を向けていた医師二人へ向けられた。
一也から不意に疑問を投げかけられ、手元の麦茶をぐいと飲み干した富永が口を開く。
「事故、急患、急変、増悪……」
「大雨、猛暑、台風、大雪……」
「す、すみません。……そういうのではなくて」
医師として聞きたくないワードをあげつらう富永に、成程と言いたげな表情で神代が続ける。悪乗りのようにも思えるやりとりだが、神妙な顔つきで呟く医師二人に一也は慌てて訂正をした。
「ごめんごめん、苦手なものとかそういう類のものだよね?」
「ム……」
意図を正しく理解した富永が、机の上で汗をかいていた麦茶ポットをグラスに傾けながら答えると、それに合点の言った様子の神代が口元に手を当て長考の構えに入る。
そこまで深刻にとらえられてしまったことに一也が少しの申し訳なさを感じていると、ある一点で視線を止めた富永が思いついたかのように声をあげた。
「あ、オレひまわりが苦手かも」
その視線の先を辿ると、テレビに映ったニュースが満開の向日葵で作られた巨大迷路を映している。青空の下、大きく咲き誇り辺りを照らすその花はどこか富永に似ていると、往診の途中に神代と語り合ったのを一也は思い出していた。
「なーんか、こっちを見られてるような気がして落ち着かないんだよねェ……」
「集合体恐怖症か?」
「たしかに、種の部分が怖い人はいるかもしれないですね」
「うーん、蓮の実とかは問題無いんでそういうのでは無いと思うんですけど」
しかし当の本人が向日葵を苦手としているとは思ってもいなかった。意外な一面を知れたことに少し喜びを感じた一也だったが、富永と向日葵を結びつけた場所を思い出し問いかける。
「宮前地区へ向かう途中に大きな向日葵畑がありますよね?大丈夫ですか?」
「少し苦手ってだけだから大丈夫だよ。ありがとう」
「苦手意識が恐怖症へ変わる可能性もある。宮前地区へはできる限り俺が向かおう」
「えっ、そこまでしてもらわなくても…………」
気まずそうに頬をかく富永だったが、すっかり医師の顔となった神代の圧には勝てず、該当の地区へは基本神代が向かう事となった。
「今年も綺麗に咲いてますね」
満開となったひまわり畑を横目見た一也が呟き、足を止めた。神代もそれに釣られて歩みを止め、ひまわり畑に目を向ける。
規則性もなく植えられ、方々を向いて咲くひまわりはいつかテレビで見た巨大迷路とは似ても似つかない。
管理されていないからこそ伸び伸びと育つ姿にT村らしさを感じ一也は内心で微笑んだ。
「僕、向日葵は太陽の方を向いて咲いているって聞いていたんですけど、そう言うわけでもないんですね」
「太陽に沿って動くのは成長途中の物だけで、開花した向日葵は主に東を向いて咲く」
「へぇー!でも、その割には色んな方を向いているような……?」
「ここは陽当たりが良くないからその影響もあるのだろう」
大きな森を背に咲く花々は、一日の殆どを木陰に隠されている。朝の僅かな時間にのみ当たる陽で懸命に伸びるひまわりに、一也は感嘆の声をあげた。
「陽当たりが悪くても毎年立派に咲き続けるなんてすごいなぁ……」
「いや、ここは……」
「あ、いた!二人ともお帰りなさい!」
珍しく口籠る神代の呟きを遮るように溌剌とした声が響く。往診から帰る二人が向かう先、診療所の方へ繋がる小道を白衣の男が手を振りながら歩いていた。
「富永先生!どうしたんですか?」
「夕立がきそうだから傘を持っていって欲しい、って村井さんが」
ほら、と持ち上げられた手には確かに3本の傘が握られていた。それらを各々に渡し、「お使い完了!」とおどけながら満足そうに笑う富永に釣られて、一也も笑う。
その仲睦まじい姿に神代も表情を和らげたが、己達のいる場所と過去の記憶が繋がり表情を引き締める。
「富永、ここには向日葵が……」
富永を気遣って発したであろう言葉をふいに止めた神代に、一也と富永が視線を向ける。
ひまわり畑を凝視する神代に釣られて同じ方に目をやれば、大きな花々が一切の狂いなくこちらを向き、咲いていた。
夕立前の少し冷えた風に揺られながらも、太陽の光を集めるように花弁を広げている姿は確かに先ほどまで見た美しい物と同じはずなのに、中心部はまるで大きな生き物の瞳のようにこちらをじっとりと見つめているように思えて仕方がない。
先ほどまで奔放に咲いていたはずの花々がみせる異様な光景に一也が唖然としていると、同じようにひまわり畑に目を向けた富永が気の抜けた声を出す。
「……やっぱり全部が同じ向きだと少し怖いよね。Kェ、ここって誰が手入れしてるんです?」
「ここは……」
ひと際強い風が吹気抜け、それに大きく揺らされた花々は互いに花弁と葉をこすり合わせながら、ザワザワと声をかき消すように音を鳴らす。まるで余計なことは言うなと伝えているようで、一也の背に冷たいものが走った。
神代も同じように感じたのか、再び言葉を止めひまわり畑を凝視する。剣呑な空気が流れ始めた事を察したのか富永が声をあげた。
「まぁいっか!それより雨に降られないうちに帰りましょう!傘を持ってきといて何ですけど!」
明るく笑いながら一也の手を取り歩き始めた富永は、一也への配慮かひまわり畑が目につかなくところまで歩みを進めてからようやく振りむき、未だその場から動かない神代に声をかけた。
「Kェ!はーやく帰りましょー!」
大きく手を降る姿にようやく肩の力を抜いた神代は、ひまわり畑を一瞥し二人のもとへと歩みを進めた。
落ち始めた雨粒を体に受け震えるひまわり達は、方々をむいて咲いていた。
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「黒須くん!宮前地区の方に向日葵畑あったわよね!?」
「俺はそんな物見たことない」
「本当よ!入院してた時麻上さんに連れてってもらったんだから!」
往診から帰るなり勢いよく宮坂から質問をぶつけられ、一也は一瞬慄いた。それは共に往診に出ていた神代も同じようで、無言のまま弟子達のやり取りを眺めている。
「二人とも落ち着いて……確かにひまわり畑はあったけど…………」
ほら!と胸を張る宮坂に譲介が怪訝な目を向け、その真偽を疑うような目は次に神代へと向けられた。情報の正確性を求められた神代は、あの情景を思い出しながらゆっくりと答えた。
「あそこのひまわりは譲介がこちらへ来た年から一切咲かなくなってしまった」
僅かな光を集め懸命に咲き誇っていたはずの花々は、ある時期から一本も芽を出すことはなく、まるでひまわり畑など最初から何もなかったかのように空き地が広がるだけとなっていた。
「えぇー!!あの向日葵畑、また見に行きたいなって思ってたのに……」
「あそこは、……元々日当たりも悪く畑にも出来ない土地だったからな。ずいぶん昔に管理していた住民が亡くなってからは誰も管理をしていなかったのだ」
重々しく告げられる言葉に、そんなに深刻な話題なのだろうかと首を傾げる譲介に対し、一也の表情は暗くなっていく。
場を包み始めた重々しいな空気は、宮坂の「じゃあ他の夏っぽいところ!黒須くん教えてね」と言う元気な声にかき消された。
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S児童公園のレビュー・口コミ
ヒマワリが綺麗な公園 ★★★★☆ 4
夏には綺麗なヒマワリが咲いていて、定期検診でご機嫌ナナメの娘もここに寄ると笑顔になります!
日陰が多いので熱中症になる前に休憩できるのも良いところかも(笑)
202×.08.13 にっちゃん さん
公園??? ★★☆☆☆ 2
遊べる場所より向日葵咲いてる場所の方が多いw
202×.08.01 グー さん
邪魔 ★☆☆☆☆ 1
緑化運動なのか誰かのイタズラなのか数年前からいきなり向日葵が咲き始めた
201×.09.03 原田原@力こそパワー さん
無題 ★★★★★ 5
夏になるとたくさんのひまわりが咲きます。
ですが全て駅に背を向けるように咲いているため、初見で圧倒されたい方は富永総合病院側の入り口から入ることをオススメします。
201×03.24 ななしのなな さん