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    6/28>大怪我して医者でいられなくなった富がKから逃亡するタイプのK富書きたい。

    書きました。逃亡準備を始めるまで

    365日後に逃亡する富永─────送信完了しました。

    その表示を見て一息をつく。送信ボタンを押すのにたっぷり1時間もかかってしまった。それもあくまでメールを作成してから1時間であり、メールの文面や覚悟をを決めるまでを含めればもっともっと時間をかけている。

    『お久しぶりです。少し相談させていただきたい患者がいまして、明日の21時頃に電話で詳細をお伝えしたいのですが、お時間いただけますでしょうか。先にCTやレントゲンを添付させていただきますので、お手数ですがご確認をお願いします。』

    少し他人行儀すぎただろうか。いや、業務上でのやり取りなのだからこれが正解だろう。
    ぼんやりと天井を眺めていると、メールの受信を知らせる通知音が響く。『承知した。明日の21時で問題ない。』そう簡潔に書かれたメールを確認し、もう後戻りはできないと腹をくくる。
    確認したいこと、質問したいことに漏れがないようパソコンのメモ機能を開きゆっくりと確認事項をまとめ始めた。

    翌日、20時55分。電話機能のキーパッドを開き、数字を打ち込もうとして止まる。覚悟は決めていたつもりだったが指がうまく動かない。しかしこちらから時間を指定した以上失礼を働くわけにもいかず、軽い深呼吸とともに電話帳からT村診療所を呼び出した。
    数回のコール音の後、通話が繋がる。電話に出たのは若い男性だった。自分の名を名乗りK先生への取次ぎをお願いすると、保留音に入ることなく「せんせー!でんわー!」と少し間の抜けた叫び声が聞こえる。その緩さに少しだけ緊張が解れた気がしたが、段々と近づいてくる足音に気づき、息をのむ。
    「もしもし」
    「お久しぶりです。富永です」
    久々に聞いたバリトンボイスにドクリと心臓が跳ね手が震える。最期に声を聞いたのは何年前だっただろうか。一時的に一也君を預かったことのお礼をかねて食事をしたのがおそらく最後だったはず。懐かしさに目頭がじんわりと熱くなる。
    「メールは拝見させてもらった。この患者というのはお前の病院に入院しているのか?」
    「いえ、別の病院です。俺の同期なんですけど、1年くらい前に交通事故にあったみたいで、見舞いに行ったときにちょっと頼まれまして」
    「同期、ということはこの患者は医者なのか?」
    「はい、外科医です。どうしても医師に復帰したい、なんとかならないかって」
    返答がなくなってしまった。
    きっと彼が目の前にいれば口元に手をあて、考え込む姿が見れたのだろう。検査結果を隅々まで観察し、患者のために複数の選択肢を上げ最良を導き出すためのその姿が。彼はこの患者にどんな診断を下すのか。相手からの応答がないのを幸いに、携帯の持ち手を変える。
    予想以上の長考に比例し、不安も大きくなっていくのを感じた。
    「患者は医師として復帰したいのか」
    「……ええ。それしか道がありませんから」
    再び返答がなくなったが、今度は診断に悩んでいるのではなく結果を言いあぐねているのだろう。眉間に皺を寄せた厳しい顔が脳内に浮かぶ。
    「……医師として復帰するのは難しい」
    深いため息の後にかけられた言葉を理解した瞬間、背筋に冷水を注がれたような感覚に襲われる。歪んでいた視界は暗くなり、グラグラと揺れるような酷い頭痛。その中にあってもわずかに残った理性が早く返答を、と指令を出す。
    「難しい、ですか」
    声は震えていないだろうか。心を蝕む動揺は感づかれていないだろうか。心の内を隠すのは昔から得意だったが、その技能はちゃんと働いているだろうか。
    「ほぼ不可能、と言ってしまってもいいかもしれない。寧ろこの怪我でよく生きていてくれた」
    「そう、ですね。僕もそう思います。……ちなみにほぼ不可能な理由をきいてもいいですか」
    彼の診断を聞くためにパソコンのフォルダからCTとレントゲン画像を呼び出す。自分でも何回と確認したそれに焦点を合わせた。
    「申告があったかはわからないが、おそらく複数の後遺症が出ているはずだ。問診をしないと詳細はわからないが、手の震え、視野の欠損あるいは視力の低下、膝関節にも異常がある。オペで長時間立ち続ける事は厳しいだろう」
    「……それは外科として復帰した場合ですよね、例えば総合診療医とか」
    「いや、それも難しいだろう。左側頭葉に小さな影があるのが見えるな?何らかの破片か、骨片が入り込んでいる。本人に自覚があるかはわからないが、記憶障害が出ている、あるいは出てくるはずだ。そうなってしまうと総合診療医も勤まらない」
    もしかしたらと必死で絞り出した可能性もつぶされ、体が鉛のように重くベッドに沈んでいくようだった。しかし体を襲う倦怠感と反比例するように、思考はクリアになっていく。思考をフル回転させ、彼に感づかれないように仮面をかぶる。
    「この影かァ…………流石のK先生でもここの治療は無理でしたか」
    「取り除くだけなら無理ということはないが、一度消えてしまった記憶が戻る確証はない。それに新しいことを覚えられなければ日進月歩で進化する医療技術に対応することは難しい」
    「そう、ですよね。記憶障害か……気づかなかったな」
    これまでの経験を思い出すことができない、これからの知識を吸収することができない、それは医師として生きていくには絶望的だった。下手をしたら生活すら立ち行かなくなる可能性だってある。電話を持つ手が再び震え始めるが、受話器を耳に強く押し当てることでごまかした。
    「だが、脳に異物を残したままにはできない。手術の同意が取れたならすぐにでもそちらへ向かうが」
    「あ……はい。聞いてみますね」
    「頼んだ。……この破片だが、脳に深く入り込んでいる。できる限り万全を期して手術を行いたい。富永、第一助手に入れるか?」
    息が詰まり、心臓が止まってしまったかのような錯覚を覚えたが、それは一瞬の出来事で、今度はドクドクと大きな音を響かせながら鼓動が早まっていくのを感じる。視界はじわりと滲み、パチリと瞬きをするたびに雫が頬をつたう。最早彼果てたと思っていたそれを拭うことはできず、ポタポタと流れるままにした。重力に逆らわず流れてきた鼻水をすすると、こちらの様子がおかしいことに気づいたKから声をかけられる。
    「どうした?」
    「い、え。Kに第一助手として指名されたのが、っ嬉しくて」
    何を今更、と聞こえた気がするが、それどころではない。鼓動は相変わらずうるさいし、涙と鼻水のせいで酷く頭が痛い。
    「お前になら安心して背中を預けられるからな」
    唇を噛みしめて大声で泣き喚いてしまいそうな衝動を抑え込むことは成功したが、嗚咽が漏れ出してしまうのは止められなかった。
    「ふっ……ぐ、すみませ………手術のこと、っき、いて、おきますんで」
    「ああ、決まったら教えてくれ。……目はちゃんと冷やせよ」
    「は、い。すみませ、おやすみなさい」
    返事をきいて3秒。震える指で通話終了ボタンを押し携帯を投げ捨てた。
    相変わらずドクドクとうるさい心臓を抑え込みながら、今度こそ我慢できずに声を上げて泣き叫ぶ。

    ごめんなさい。手の震えが止まらないんです。
    ごめんなさい。手を長時間上げ続ける事ができないんです。
    ごめんなさい。視力が凄く落ちているんです。
    ごめんなさい。僕には破片が見えませんでした。
    ごめんなさい。実家の電話より押し慣れた診療所の番号が思い出せなかったんです。
    ごめんなさい。あなたから何度も聞いたのに研修医の名前が出てこないんです。
    ごめんなさい。もう僕はあなたの助手にはなれません。

    1年前の事故、その後遺症は重かった。リハビリを続けるものの治まらない様々な症状に不安を覚え、彼ならなんとかできるのではないかと一縷の望みをかけた相談だった。
    患者が自分自身であることを隠したのは、もし”K”でも治療できず医師としての復帰が絶望的なら……彼に気づかれる前に姿を消してしまえるように。
    医師である僕を、彼は「戦友」と呼び信頼してくれている。じゃあ、医師でなくなった僕は彼にとってどんな存在になるのか。臆病な僕はその答えが知りたくなかった。


    泣いて、叫んで、夜間見回りに来た看護師に心配されて、ようやく落ち着く頃には日付が変わっていた。
    ぼんやりと天井を見上げ放心しながら今後のことを考える。破片の除去を断って、記憶障害の進行具合を検査して、最低限の生活をできるようにリハビリもしなければ、院長の引継ぎ……は親父がやってくれているはず。それが全部終わったら、どこか遠くの地に行こう。ひとりで、誰にも気づかれないように。

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