「ハーキーン、王になるのならば、全ての民に寄り添わねばならん」
父上はこんなことを言って、よく俺を嗜めた。
王とは強きものだ。膝をつけば惰弱する。下を向けば足元を掬われる。王たる資質。俺は父上の言葉でなく背中で学んだ。だから、ゼルージュの王には、父上の跡を継ぐには、俺が一番相応しいのだ。
狂い始めたのは、アイツが母上の胎に宿った時からだった。
「第一王女……! 第一……第一だと!? この国で! 唯一は! 一番は! 俺だ……!! 俺だけが! 父上の……! う……ぅうう!!」
部屋中の物を引き倒し、シーツを裂く。
新生王女の誕生。城内も国も熱狂し祝賀ムードに包まれていた。唯一、俺だけを除いて。
父上の愛は、王位は、誰にも渡さない。
唯一は俺だけでいい。
◇
「父上の容態は」
「明日……いえ、今晩が山かと……テール様を呼び戻しましょうか? 王都にはいらっしゃいませんが、早馬を出せば「いい」
手を揉みながら焦燥感に塗れて汗をかく御殿医の言葉を遮る。
「父上の側には、俺が居れば良い」
酷い雨だ。こんな日は、左目の奥が痛む。
父上の死。子と親であれば決して避けられぬ別れ。しかし、公人である俺に悲しみに暮れる時間は与えられない。
王になればやることは山程ある。
テールには外交が向いてるだろう。机に縛り付けられるのは嫌がるだろうがな。
ドゥーラは……好きに駆けさせてやるのがいいだろう。ただあいつも王族の一人。その自覚を得させるために、どこか遠く、小さな領地の統治くらいならば任せても良いかもしれない。思わぬ才覚が目覚めるやもな。
父上は偉大な王だ。崩御したと知られれば、民は大きくざわつくだろう。周辺国にも気を揉まねばならない。しかし直ぐに混乱は落ち着く筈だ。知らしめてやろう。ゼルージュにハーキーン在り、と。
そんなことを思案しながら、俺は父上の伏せている寝室の扉を叩いた。