「さっさと開けろよ! クソッ、誰も居ねぇよな? 早くドア閉めろ!」
昼下がり、それは突然訪れた。けたたましく叩かれるドアと怒号に飛び上がり、そろりそろりと玄関へ向かう。聞き覚えのある声に扉を開けるや否や、部屋の中に雪崩れ込んできたコージくんに促されるまま玄関を閉める。いきなり連絡がつかなくなったと思ったら、指名手配されて、これまたいきなり訪れてくるからうろたえつつも、どこかホッとしていた。死んだんじゃないか、なんてうっすら思ってたけどふうふうと肩をおっきく上下させながらベッドに座って「おい! 水!」なんて、横柄に言う態変わらない様子に安心した。水を待っていくと一息に飲み干すから何があったのか聞こうとするが、今度は「包帯と薬、あと酒」なんて要求してくるので悉くタイミングを逃す。
「ねえ……怪我してるなら病院………い、えっ、あ、足っ!?」
「~~~うるせぇ! 頭いてぇんだよ!! デカい声出すな! 早く持ってこい!」
このレベルの負傷は応急処置じゃどうにもならない、と言おうとしたけどこれ以上コージくんを怒らせたくなくてとりあえず言う通りにする。後ろ髪を引かれながらも階段をあがり、ドアを閉めて一人になったところでその場に座り込んだ。心臓がバクバクする。
なんで? なに? どうしたの? というか指名手配されてたよね? 何しちゃったの? 他のみんなは? というか、あんな風に人目を気にして、慌ててるって……追われてるよね? 完全に。もし、もし、今この瞬間に国の人がコージくんを追って家に入ってきたら――
「………」
国をあげて追っている指名手配犯を匿うだなんて私も捕まる、というか、確実に死罪だ。
「つ、つうほう……」
コージくんのことは好きだ、でも、こんなことに巻き込まれるなんて、とんでもない。
「イッッッッ! いつまで掛かってんだよ!!」
下から怒号が響いてきて身体が大きく震えた。家には電話とかそんなものはないから外に出て誰かを呼ぶしかない。まずコージくんを落ち着かせよう、それで、眠りでもしたら近くの駐屯所に行く。それしかない。もうまともにものを考えられなくて引き出しから言われたものを適当に取って下に降りるとやっぱりコージくんは凄くイライラしてた。
「トロいんだよ、オメェ~! 分かってんの? 足が! ねぇ! 大怪我! 負ってんだよ! こっちは!」
残った足をドンドンと踏みしめながら責め立ててくる様子はいつもの癇癪を起こしている感じじゃなくて、焦りとか、もっと他のことで怒ってるような、とにかくいつもと違うように見える。
「ごめん」
「ん」
謝りながら近寄るとさも当たり前のように怪我した足をこっちに突き出してきた。私は何も言わずコージくんの前に跪いて治療をはじめる。
「いってぇ!! おい! 気をつけて触れよ!」
患部を見るためにズボンを捲ろうとしたら乾いた血が張り付いてて、それが痛かったみたいだ。肩を強く蹴られてよろめく、その瞬間、私はとても理不尽だと思った。勝手にいなくなったと思ったら勝手に転がり込んできて、理由も言わず、私の命も危険に晒してるのに、気がついてないのかどうでもいいと思ってるのか知らないけど、こんな好き勝手振る舞うなんてあんまりじゃないの?
「コージくん」
立ち上がってコージくんの肩を掴み、その勢いのままベッド押し倒す。そして吐息が混ざり合うんじゃないかって距離まで顔を近づけて、ゆっくり、静かに、言い聞かせるように名前を呼ぶ。私がこんなことするなんて夢にも思ってなかったんだろう、コージくんは唖然とした表情で目を瞬かせてる。
「あのね、コージくん、私はいますぐ家を出て誰か……王国軍の人を呼んでくることも出来るんだよ」
自分でもびっくりするような底冷えした声が出た。使わないってことは催眠も使えないんだろう。
「…………わる、い、半分も、みんな死んで、こんな怪我して、俺……どうしたらいいか……苛立ってて……」
私が本気であることを悟ったのか目を伏せボソボソと覇気がない声で返答してくる。謝った。あの、コージくんが。
そっか、死んじゃったんだ、みんな。そうだよね、みんながいるなら私なんか頼りに来ないもんね。
不安そうにこっちを見つめてくる弱々しい視線に私はなんとも言えない全能感で満たされる。仲間も、冒険者としての未来も、まともな身体での生活も、全部失くしちゃった可哀想なコージくん。大丈夫、私がいるよ。
「こっちこそ、ごめんね、急に」
謝りながら再び床に座り込み治療を再開する。安堵感に細く息を吐き、それでもまだこっちの様子を伺い、媚びるようなヘラヘラした笑みを浮かべるコージくんと、ぐちゃぐちゃに千切れた足首を見て私はひっそりとほくそ笑んだ。私が守ってあげるからね。