「源氏の重宝、髭切さ。君が今代の主でいいのかい?」
柔和な目尻と、ゆとりある声。その視線は、しかし一秒と置かずに名乗りの対象であるはずの私の顔をするりと逸れ、声もまた、指向性を失ってどことも言えない中空にそぞろに散り消えてしまった。逸れた視線の向かった先は私の背後だ。そこには男の弟、膝丸が控えている。
「おや。そこにいるのは……」
男の意識は、もはやかれらが主と呼ぶ私ではなく、私の背後から男の顕現を見守っていた膝丸に向けられていた。
男が間遠な瞬きをゆるりと二度するあいだに、膝丸は駆けるような足運びで男の目前までその距離をつめている。見ているこちらが「そのままぶつかってしまうのでは」と危ぶむほどのその勢いは、かれと男の影が重ならんばかりに近づいたところでぴたりと止まった。
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