知っていても、知らなくても。 畳敷きの居間に無理やり突っ込んだ脚のないソファの隣に座る男は気怠そうに煙を吐き出す。時計の短針は天辺近くを指し示し、カーテンの向こうにはきっと闇が敷き詰められているような、そんな時間。今夜はもう一人の同居人が居らず、久々に男と二人きりのその家の中は静寂に包まれていた。何となく眠るには惜しい、そんな珍しい二人きりの空間で、学生時代の後輩でもあり、この家の家主でもある男はいつものお茶らけた笑みすらも無くし、感情を押し込むような表情で、タバコの先から立ち昇る煙を見つめている。
付き合いの長いこの男の考えている事位、分かる。大方、今夜居ない同居人の事でも考えているのだろう。俺はこの男の初恋が男が気づいていないだけで、その同居人である事を知っている。その位解る程度には、隣に居たのだから。
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