ライラックの雨その日、傘を持っていたのは、轟くんだけだった。
走って帰ると告げる僕に、一緒に入ろうと声をかけてくれた。
僕はほとんど雨に濡れなかったけれど、君の肩はぐっしょりと濡れていたのを知っている。
それを僕に言うことなく、当たり前のように傘を僕に傾け、自分は肩を濡らしている。
そんな風に、君は優しい人だから。
「別れよう、轟くん」
僕のこのセリフは、正解だったと思うのだ。
*
「……雨が降りそう」
「え、マジ?今から?」
思わず返ってきた言葉に、自分が声に出していたのだと気づいた。
「雨の匂い、しませんか?土とコンクリートが湿ったような」
「うーん、そうなのか。まだまだ嗅覚が鈍いな、俺は!ははっ!」
人の好い先輩は、自分が分からないことも決して否定しない。
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