彼のひとの マッチの頭薬がこすれ発火する音と同時に苦い煙が鼻先をかすめる。店の軒先に立った男が、買ったばかりなのだろう煙草の煙を気持ちよさそうに吐き出した。
「おい、」と杉元は呼びかける。店先で商品を眺めていたら、一歩ほどの近い位置にいた見知らぬ男の吐いた煙が顔面に直撃したのだ。文句――傍から見れば“凄む”ともいう――のひとつでも言ってやろうと咄嗟に声を出したが、ふと呼び起された過去の記憶がその続きを喉の奥へと飲み込ませた。
「……なんだい兄さん?」
ところが、間近にいる男の耳にその一言が聞こえなかったはずもなく、少しばかり怖じ気の見える表情ながらも男は反応を返してきた。
「あ、いや……」
気色ばんで声を出したものの、怒りはすぐに別の感情に覆われてしまったせいで、杉元はばつが悪く口ごもる。それでも、文句を押し止めた心の内が素直な言葉を続かせた。
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