藍曦臣の袖からふわりと広がった香りに、江澄は眉根を寄せた。
白檀にかぶせるようにして、甘い気配がただよう。常であれば清涼で透明感のある白檀の香が、まるで霞がかっているかのようだ。
かつて、江澄が金鱗台を訪れたときには親しんだ香りだった。常に金光瑤の隣に立つ藍曦臣からただよっていた香りそのものだ。
「今日は姑蘇からいらっしゃったのではなかったか」
「いいえ、金鱗台から参りました。本当は一昨日には雲深不知処に戻っているはずだったのですが、あいにく雨に降られてしまって」
「それは災難だったな」
藍曦臣は微笑んで窓から空の様子をうかがった。
長い黒髪が重たそうに揺れる。
「また、雨ですね」
「ここのところ雨続きでな。しかし、弱い雨だ。明日には上がるだろう」
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