水龍の涙「香水？」
「エミリエさんの所で調香教室をやっていて、作ってみたそうよ」
「へえ……あの旅人がねぇ。どれ」
　水の上の休暇から戻って来たシグウィンが差し出してきたのは、可愛らしい薄紫色の小さな瓶。ルミドゥースベルを模した小さな飾りが飾られており、小瓶の中では橙黄色の液体が揺れている。
　リオセスリは手渡された小瓶を軽く揺らし、スタンドの灯りで透かしてみた。とても綺麗だ。色味から察するにマルコット草もブレンドされているのだろう。蓋を外し手近にあった紙へ中身を一滴垂らしてみると、ふんわりと木材の香りが漂ってくる。コウハクジュの匂いだ。
「あっさりとしていて優雅な匂いだな。良い香りだ」
「ふふ、そうでしょう？　公爵へのプレゼントなのよ」

繋いだ手と手　視線の違和感に気が付き、シェリフ・トードスターはビターギグルの視線を追いかける。彼の視線の先は案外すぐそこで、彼と自身が繋いだ手に辿り着いた。
「何を見ているんだ？」
　そう問うたものの、答えは目の前にある、知っている。
　一方のビターギグルはその問いに答えることはなく、ヘヘッと恥ずかしそうに微笑んだ。
「いや、何といいますか……。幸せだなって、思いまして。」
　そう言うと、トードスターの右手を繋ぐ彼の左手が包み込む。四本指の褐色の手と交差し合うように繋がれるビターギグルの左手。指一本分の大きな緑の左手は、トードスターの右手を簡単に包み込んでしまう。包み込んではそっと解かれ、また包み込む動作を繰り返す。無骨な自身の手を包み込むことに何の楽しさがあるのかと、トードスターは疑問に思う。彼の思考の間、拒絶の意思がないことを了承ととったのか、ビターギグルはトードスターの指の間をなぞったり、彼の指を摘んだりと器用に弄り始める。皮膚から伝わる不思議な感触から逃げるようにそっと手を動かすたびに、フフッ、フヘッ、と不思議な笑い声がビターギグルの口から漏れ聞こえる。そんなビターギグルの姿を見て、トードスターは何が楽しいのかと疑っていた。

七月七日、快晴　願わくば、せめて君へ花を手向ける事を赦される私に。

「ヌヴィレットさん、頼まれた物を受け取ってきたぞ」
　七月七日、快晴。夏がすぐそこまで近付いている、少し汗ばむ陽気の長閑な休日。
　フォンテーヌ廷を背にぼんやり空を見上げているヌヴィレットへ、花輪を手にした恋人が声をかけてくれた。白い花で作られた花輪を手にした恋人、リオセスリは、今日の空と同じくらいニコッと晴れやかに笑ってくれた。それに釣られ、思わずヌヴィレットの頬も緩む。
「ああ、ありがとう。手間を掛けてしまったな」
「構わんさ。看護師長の分も花を送っておいたぞ」
「すまないな。シグウィンの体調は大事ないだろうか？」
「はは、ただの風邪さ。本人もそう言っていただろう？」