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二次創作

版権物等の二次創作
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こずえ薫(つとむ)

できた『或いは、』(八房+チカ)

※注意事項※
■時代背景などは無視しております。
■細かな設定なども目をつぶってください。
■設定・性格・過去のお話・関係性などは全て偽造・想像・妄想です。
■口調や性格、会話なども全て自己流です。違和感があると思われますが、ご容赦願います。
――午前三時過ぎ――なんとなく……あなたが泣いているような気がした。

 或いは、

 ピタリ、と。師匠である八房の部屋の前で、ノックをしようと上げた小さな手が一時停止する。
 よく考えなくても、間違いだとすればこんな真夜中に起こしてしまう、と言う非常識な行動。それに気が付いたのであろう。
 思案し、しばらく様子を窺(うかが)う。静まり返る廊下。自分の呼吸音だけが聞こえている。
 やはり勘違いだろうと、踵(きびす)を返そうとした――そのチカの耳に聞こえてきた、微(かす)かな音。一瞬目を見開くと扉の前に向き直り、耳を澄ました。
 確かに、物音がする。聞き間違いでない。
 チカは、すうっと小さく息を吸うと背を正した。
 ――コン……コンコン――。
 やや遠慮気味に叩く音。瞬間に部屋の中の音がピタリと止まる。
 様子を察した弟子が、これまた遠慮気味な声を出す。
「旦那様。あの……夜分遅くに失礼します。チカです。起きておられますか?」
 返答はない。数秒の間。
 カチャリ……と、ゆっくりと扉が開いた。見上げて見えた瞳は驚きと困惑の色。
 長い前髪から覗く瞳が細められる。相手の汗で肌にまとわりつく髪に、目ざとい弟子は確信を持ったからだ。
「……なにかあったのか?」
「……旦那様が。旦那様に、なにかあったのではないかと思いまして……」
『泣いているのではないかと』の言葉は無礼かと思い、呑み込んだ。
 相手はそのチカの鋭い言葉に息を呑む。しかしすぐに視線を逸らすと
「なにもないよ」
 と、返した。
 そして扉を閉めようとする動作。この、隔(へだ)てた扉が心の境界線のようだとチカは感じていた。
「あのっ――」
 思わず身を乗り出す。一歩踏み出した足先。
 相手の拒否の姿勢を、どうしても今までのようにやりすごすことができなかった。
「チカ……?」
「旦那様が……お辛いときに、傍に居たいと思うのは……わがままでしょうか……」
「――」
 真っ直ぐに向けられた瞳。この揺るぎない想いを持ち合わせる弟子に、幾度となく助けられてきた。
 その瞳は一瞬泣きそうに揺れて、自信なさげに床を映す。真っ直ぐだけれど困ったような……苦しそうな瞳を向けられては降参するしかない。
 ふぅ……と八房は肩の力を抜いた。
「おまえに嘘は吐けないようだ」
「え」
「少し話そうか」
「は、はい……!」
 表情を柔らかいものに変えたチカはそのまま部屋に上がろうとしたが、廊下に戻されてしまう。
 首を傾げながら待っていると、ガウンを羽織った旦那様の片手にはブランケット。
「冷えるだろう」
「あ……お気遣い感謝します」
 ガチャリ……と扉が閉まるのを、ブランケットを肩にかけながら見つめていた。
 ダイニングへと歩き出した広い背中を見て……チカは少しの息苦しさを感じていた。

 少し話そうか、とおっしゃった。でも言葉はない。ただ椅子に座ると何かを考えている様子の旦那様。
 心の中でため息を一つ。
 チカは座らずに台所に立っていた。静まり返る部屋には、時計と食器の音だけが響いて聞こえる。
「……昔の、夢……でしょうか」
 沈黙を破ったのはチカが先。コトン……とマグカップを机に置くと同時にそう問うた。
「……これは?」
「ホットチョコレートです。疲れたときは、糖分も必要ですよ」
 ミルクとチョコレートの混ざった甘い香りのするそれは胃を刺激する。
 マグカップに入れられたものへの問いだけで、チカからの問いの返事はない。
 そのことに胸がチクリと痛んだような気がしたが……気付かれぬように、一言断りを入れてから前の席に座る。
 しかし今日は引かなかった。真っ直ぐな瞳を旦那様に向ける。
 弟子が作ってくれたそれを一口含んだ、その一挙一動を見逃さないと言うような眼差しで――。
「だ――」
「うん……美味しいよ」
「……、……それは、よかったです」
 発しようとした言葉は別のものへと変わっていた。
 もう一度、と何度か口を開く。それでも声が出てくれなくて。チカは不安そうな表情になると同時に俯いた。
 相手がいつも通りの拒否の姿勢を示すなら、これ以上は踏み込めない。踏み込みたい気持ちをぎゅっと握った拳に込める。
 やはり、今日も諦めよう。
 一人の方が気が楽だろうと、体に力を入れたときだった。
「おまえはもう見ていないのか」
「――え?」
「昔の夢だよ」
 相手は決してこちらは見ずに、マグカップの中身を眺めている。その眼差しは寂しそうに映る。
 チカはいつもと変わらぬ優しい声に、上げようとしていた腰を落ち着けた。
 出会った頃は、よく嫌な夢を見ていたことを指している。
 それはいつしか消えていたのだが。その理由は目の前の旦那様のおかげ。そうチカは考えていた。
 しかし目の前の八房は違う。未だにうなされる夢がある。
 ……それは同時に、
(僕では役不足……ということなのだろうな)
 と言う感情を知らずに引き起こしていた。それを今日も肌で感じて、唇を強く噛む。
 しかしそれを悟られる訳にはいかない。小さく、囁くような声で事実だけれど、真実ではないそれを口にした。
「僕は……今が幸せですので……見なくなったのだと思います」
「そうか」
「はい……」
 ――あなた様は違うのでしょうか――と、口を突いて出そうになりふたたび唇を噛む。ああ、自分にも何か飲み物を入れればよかったな、と思いながら唾(つば)を飲み込んでいた。
 俯いたまま言葉を発せずにいた。八房もまた、その胸中を察してか、ただ与えられたマグカップに口を付けるのみ。
 八房は見る夢の内容を、頑(かたく)なに言わなかった。なので今でもチカは知らない……そう八房は思っている。
 本当のところ、チカは知っていた。
 いつだったか……まだ出会って間もない頃。夢にうなされる八房を気にして、部屋を覗いたことがあったからだ。
 うなされるその姿に声をかけようとした刹那――。
「……雪之条……」
 聞いてしまったから。一度だけではない。何度かその名を耳にした。
 泣くような声に、そっと襖から覗き見えた横顔。流れる涙に、悟った。
(――嗚呼、この方は殺したことを後悔されているのか――)
 と。
 声などかけられるはずもなく、幾度となくチカは自分の床(とこ)へと戻ることしかできなかった。溢れる程の虚無感を抱えて。
 それでも懸命に全ての時間を全力で八房へ尽くした。
 結局あなたはこちらを見てはくれなかったけれど。
 悔しくて堪らなくて。それでもそれを口にするのは憚(はばか)られる。
 ぎゅっと小さな唇を結んでは拳を握る毎日。夏八木が来てからは少しは気はまぎれたものの、休まらない劣等感。
 ――なぜ? と、問うてみたかった。なぜ、雪之条さんなのですか。そこまで忘れられないのならばなぜ……殺したのですか。そして。
 ぎゅうっと強く握った拳を左胸へ持ってゆく。
(……なぜ、心臓を。僕に預けたのですか……?)
 代わりになんてなれやしない。それは痛い程に理解していた。どれほど尽くしても、無駄だと知った。それは諦めであった。
(三百年という途方もない時間を、百年にも満たない僕が掬い上げられるはずがない)
 だからチカはただただ〝彼〟を頭の隅へとやりながら、目の前の自分がなすべきことに集中していた。
 そしてチカの見る夢。それは『生前の夢』。
 生前の夢〝は〟見ていない。いつからか、夢の内容は雪之条へと変わっていたから。それは八房も知らないこと。
『生前の夢は見ていない』嘘は吐いていなかった。
「あの……僕……」
 いま問うても、いいものだろうか。今までのこの関係を壊してしまわないだろうか。
 ……傷つけて、しまわないだろうか。
 迷う気持ちが揺れ動く。もう、いい加減に解放されたくて。
「……チカ……?」
 問うにしても、なにからどう聞けばいいのか分からない。聞いたところで、その結果にチカ自身がどうしたいのかさえ分かっていないのに。
 旦那様の怪訝な声に、冷や汗が流れる。色んな感情が混ざり合って、全てを手放して逃げ出したいとさえ思う。
 ぐっと歯を食いしばれば――ぷちり――と、みるみるうちに血の味が広がった。
「……旦那様、は。まだ……雪之条さんの夢を見られるのですか」
「!」
「ごめんなさい。知ってるんです……見れば、分かります……」
「……そうか」
 半分の嘘を折り畳んで隠す。
 感情が先走り、無意識にその名を口にしてしまっていた。聞いたところでどうにもならないのに、と。ふたたび歯に力を加える。
 どうすれば、あなた様の負担を軽くできるのだろうか。そればかりを考えていた。
「……チカ? おまえ、唇をどうした」
「……?」
「血が出ている」
「あ……」
 指摘され、指を当てれば赤く染まる。
 口を開いたために、外側にも血がついてしまったようで。
 その視界が――歪んだ。
「チカ。チカ……どうした?」
 黙ったままで動かない弟子を心配し、八房がチカのもとへと移動する。頭を上げない弟子。
 その隙間から見えたのは、紛れもない涙。
「どこか痛むのか?」
「……」
「黙っていたら分からないよ……先に唇を見せてみなさい」
「……っ……」
 顎(あご)に手を当てられて、反射的に口を開いていた。
 紅を塗ったかのような唇に、歯まで赤く染まる口内。八房は眉をひそめる。
「……噛んだのか?」
「僕は……っ、ただ、あなた様の幸せを……っ!」
「……少し落ち着きなさい」
「ごめんなさい……ごめんなさい。僕ではあなたの役には立てない……!」
「夢のことは仕方のないことだろう。おまえが気に病む必要はないよ」
 堰(せき)を切ったようにチカは言葉を吐き出していた。
 温かさに触れたことと優しい声に、チカは感情を抑えることができなくて。今までの抑えてきた気持ちが溢れ出す。
 同時に聞こえて来る落ち着いた声。この温度差が更に不安と焦りをもたらしていた。
「…………どうしてですか」
「?」
「どうして……僕の前で我慢をなさるのですか……!」
「――」
「もう少し僕を頼ってくださってもいいのに……!」
「…………チカ」
 涙を拭うこともせずに上げた顔。珍しく荒げた声。瞬きをするたびに零れては彼の服や床を濡らす雫。
 チカの視界は歪んでいて相手の表情は見えていなかった。
 俯けば、はらはらと涙が落ちてゆく。
 しゃくり上げて発するそれは、まるで本当の子供のようだった。
「っ、ふ……」
「……その涙は、俺の分か……?」
 問えば、こくこくと頷く小さな頭。その度にポロポロと落ちてゆく涙と小さな嗚咽(おえつ)。
 それを八房は困ったように眺めていた。
 弟子がここまで感情を露わにするのは珍しい。普段は落ち着いている彼からは想像しづらい姿。
 戸惑いとともに、どうすればいいのか分からずに動揺してしまう。長い時間を生きているが、こういうことには慣れないと思いながら。
 おずおずと、言葉を慎重に選びながら声をかけた。
「その……おまえの気持ちは分かったよ」
「……」
「これからは気を付けよう……だからもう、おまえが泣く必要はないよ」
「……あ」
 はた、と。我に返ったのだろう。
 最後の一滴が床に落ちる前に大きく頭を下げている。
「も、申し訳ございません……! とんだご無礼を……!」
「いいよ。俺も……おまえの気持ちを考えていなかったようだ」
「いえ……そのようなことは……」
 そう言いながら涙を拭う。
 気まずさからか、目線は合わせずにやや下を見ていた。自分の重ねた指を無意味に追いかける。
「僕は……少しでもいいのです。あなた様のお役に立てれば、と……」
「うん」
「ですが、無理強いは、いたしません……」
「……うん」
 ずっと秘めていた想いを伝えたい気持ちもある。でも。全てでなくても、一部だけでも十分だとチカは感じていた。
 胸の内のもの全てを吐き出してしまえば楽になれるだろう。しかしそれはただの自己満足であった。
 相手のことを考えれば、全てを吐き出してはならない。きっと苦しめてしまうから。だから〝彼〟の深追いはしない。
〝一人で抱え込まないで、僕を頼って欲しい〟の一点だけを伝えたい。
 しかし改めて言葉を口にするとなると、難しくて口籠ってしまう。
「あの、その……すみません。上手く言えなくて……」
「ふふ。おまえらしいな」
「あ」
「ん?」
「あ、いえ……」
 いつもの笑みを向けられて、旦那様は笑っている方がやはり安心するな……と感じて思わず声が出ていた。しかしすぐに顔を逸らして誤魔化す。
 その様子を見て気を回した八房が、そっと触れるか触れないかの距離で腕に手を当てた。
「もう寝ようか。ホットチョコレート、ありがとう。落ち着いたよ」
「……はい」
「口は平気か? 噛む癖があるのなら、意識して直すようにしなさい」
「あ、は、はい……気を付けます……」
 立ち上がったチカは、そう言われてまるで親に叱られた子供のようにしゅんとなった。
 その流れでまた唇を噛みそうになり、ハッとしている。きっと癖になっていることを、いま八房に指摘されて初めて気が付いたのだろう。
 弟子の百面相を面白そうに眺めながら、落ちそうになっているブランケットをかけ直してやると、ダイニングの明かりを落とした。

 八房の部屋の前まで戻ると、チカは改めて深く頭を下げる。
「先程は取り乱してしまい、本当に申し訳ございませんでした……おやすみなさいませ、旦那様。良い夢が見られますようにと、願っております」
 上げて見えた眼差しは、優しくも儚い。相手を想っていることがよく分かる穏やかな微笑み。八房は目を見張った。
 今まで気が付いていなかったのだろう。
 チカに言われて意識をすると、こんな表情を自分に向けていたのかと驚く。
 きっと長い間。もしかしたら出会ってから今までずっと。目の前の小さいままの彼に心配をかけていたことだろう。
 そう理解した八房は、一言断りを入れてから踵(きびす)を返した弟子に声をかける。
 負担や心配をかけまいと遠慮をしてきたこと。
 しかし今日からは素直に甘えていいのかもしれないと思えた。この、儚く見えて芯の強い弟子を見ていると。
「……チカ」
「はい」
「……今日は、傍に居てくれるか」
「――は、はい……!」
 自分の部屋へと戻ろうとした背中に名を呼ばれて振り返る。
 首を傾げながら待っていると、少し気恥ずかしそうな旦那様の逸らされた視線。
 発せられた言葉の意味が分かると同時にチカは明るい表情になった。

 隔(へだ)てた扉の向こう側へと。
 足を踏み入れるチカは、たいそう嬉しそうな笑顔であった。
 少しずつ、少しずつでいいから……心を開いてくださるようにと。

 願わずにはいられなかった――。

(了)

 二〇二一年二月十二日~二十四日
 二〇二一年二月二十八日(修正)6147 文字