甘いもの甘いものを食べていると落ち着く事が何度かあった。
不安になった時も、緊張した時も、体調を崩した時も、泣きたい時も。
甘いものを口に含めば、たちまちそれらは消えていく。魔法のようにじわじわと幸せに変わっていくのだ。
今も、そう。
買い込んであるラムネやチョコレート、クッキーに飴玉。
きらきらと可愛らしいお菓子たちを口に含む。
ごめんな。きっと他の人ならちゃんと笑顔で、味わって食べてくれるだろう。
けれど今の司にはそんな余裕がなかった。
もやもや、ぐらぐら。ぐつぐつ、むしゃくしゃ。
天馬司は演出家である神代類に恋をしている。叶わない恋を。
_______ ¿
気付いたのはいつだか。
出会い頃か、ハロウィンか、クリスマスか。
記憶は曖昧だがいつの間にか視界に映る類が輝いて見えてたから。
類が笑う度、楽しそうにする度、司の心はぎゅうっと締め付けられてぶわりと愛情が湧き出る。
惚れた弱みで時々出てくるあざとい顔に負けるのは以前より増したのが最近の悩みなのだが。
演出家として、類は司を信頼してくれている。
ハロウィンでの事故を経て、遠慮をしなくなったのが証拠。
やりたい事をやりたいように、満足そうな顔やわくわくが抑えきれない顔をしてくれるのが嬉しくて、なのに恋を自覚してから、司は足りないと思ってしまった。
甘さを含むテノールボイスで好きだと言って欲しい
猫のような瞳を自分だけに向けて欲しい
細く、けれど男らしい手で抱きしめて欲しい
考え始めて、そして恥じた。
司は座長。ワンダーランズ×ショータイムの座長。
自分だけなんて、独占なんて叶わない。
やることが沢山ある目まぐるしく変わる今の状態で恋に現を抜かしている場合ではない。
何より、司と類は男同士。
人によっては嫌悪感を抱くであろう、そんな状態。
せっかく築き上げてきた信頼はきっと自分の思いを告げるだけで崩れてしまう可能性もあるだろう。
そう思うと、目の前がぐらぐらとした。
嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ。
類が離れるのは。前の、一度ばらばらになったあの時の冷たいあの目で見られるのは耐えられない。
綺麗な声で、軽蔑したなんて告げられた日にはいつも通りがガラガラと崩れそうだ。
恐怖と不安が積み上がって、音に敏感になり始める。
自分の心音すら自分の気持ちを刺激して。
「は……。あ、甘いもの………。」
常備している小さなポーチから適当に2つ取り出す。
出てきたのは苺がプリントされてる包装に包まれている三角形の飴玉達。
震える手で端と端を伸ばすと可愛らしいピンクの飴が顔を出して、それをすぐに口の中へ放り込む。
間を置かずに、2つ目も口の中に入れるとじんわり甘い味が広がって、それに比例するように気持ちは落ち着いて行った。
ああ、もう大丈夫。
しばらく転がし続けて、小さくなったそれを歯で噛み砕く。
自分の気持ちもこうやって砕けてしまえばいいのに、と思いながら。
_____ ¿
噂話を聞いた
下級生が類に告白したんだ、と言う噂話。
噂好きのクラスメイトが教えて(と言うより一方的に)くれたのだ。
変な声が、出そうになった。
吸った空気が重たくて、吐き気がした。
容姿はかなり良い類だが、今までの奇行のおかげで遠巻きにされていたのに。
聞けば、その下級生は美化委員だったという。
つい、納得してしまった。する気はなかったが。
関われば類がどれだけ優しいか分かる。
下級生は振られてしまったらしいが、その優しさ故にふんわりやんわりとした遠回しの言葉を並べたらしい。
簡単に言えば好きな人が居るから、だそうだ。
噂好きの彼が司に声を掛けたのはその好きな人に覚えがないか、らしい。
首を突っ込むのが好きなクラスメイトに苦笑いを零す。
しかし内心はまた鉛のような物が、ずどん。
重たい。苦しいな。
誰だろう。誰だろうか…。類の気持ちを惹く人は。
1人だけ、思い浮かんだ。
草薙色の髪、アメジストのような瞳、紡がれる毒舌の裏にある優しい言葉を吐く少女。
1人いるじゃないか。一番近くて、大切にされてる子が。
幼馴染で、同じ学校の後輩で、…………。
「いや、思い当たる人はいないな。答えられなくてすまない。」
そこから考えるのはやめておいて、クラスメイトには知らないという意味を込めて首を振った。
授業が始まる前に甘いキャラメルを口に含んだ。3つほど。なのに、酷く醜い嫉妬心は小さくなって心の隅っこに図太く居座った。
___ ¿
噂を聞いた日から、類と寧々を見る度に鉛のような嫉妬心は重くなっていく。
それのせいで日に日に甘いものを食べる量は増えていく。
グミ、アイス、プリン、大福にシュークリーム、エクレア。
口から溢れそうな甘さは心を落ち着かせてくれる。
でも足りない。
一番甘い好きな人からの愛情がほしい。
違和感を抱いた心は甘いものを食べる度に痛んで、気持ち悪くて、少しだけ吐き出してしまいそうになった。
それでも甘いものを欲してる体は甘い食べ物を飲み込んでいく。
心と体のちぐはぐさが気味悪い。
「司くん、最近よく甘いものを食べているね?」
「あ、…ああ。そうだな。前に咲希が甘いものを勧めてくれて、それからハマったんだ。」
屋上でランチを一緒に食べていた類の言葉にぎくっと震える