どーこだ?
手の中で光る画面を親指でタップし、お決まりのクイズを送信する。
メッセージに添えられたのは、ホークスの休む屋上から見える、なんの変哲のないビル群。それと残照の空だ。
最速の男の弟子は、インターンで俯瞰の世界に足をかけ、一人前に福岡の空を己の縄張りだと自負してのけた。その矜持を面白がったホークスは、雄英に戻った彼に気まぐれに写真を送るようになる。担当地区の把握は基本の基、ここがどこだが分かるかい? 常闇の正答率はなかなかだ。
その習慣は彼が二年生になった今も続いているのだが、今日の出題は少し意地が悪い。ヒントになるのは送信時刻と光の加減、それとホークスが呑気にクイズに興じられる街の死角、という事実くらいだ。もし彼が正解を届けてくれるなら、そう。
ホークスは、年の瀬の喧噪を羽根で拾って、微かに口の端を上げた。
誕生日にもらうプレゼントとしては、悪くない。
待っているだけでは何も手に入らない。何も持たずに生まれたホークスには、その事実が物心ついたときから染み付いている。自分の望みは自分で叶えてきた彼にとっての「プレゼント」とは、つまり望外のものを指す。
実在を信じたことのなかったもの。あるいは、必要だとすら思ったことがなかったもの。前者は例えば、ヒーローを現実にせしめた炎であり、後者は例えば、これで折れるなら構っている暇はないと放り出した子鴉だ。
己を閉じ込める籠を壊すのではなく、籠を不要なものとする。最も困難な道を選んだ彼の人生に寄り道の余裕はなく、「教育」なんて悠長なプランはどこを探しても出てこなかった。共に過ごす時間を糧にニョキニョキ伸びる存在からがこんなに多くが返ってくるなんて、実に想像したこともなかったのだ。「望みが叶う」より嬉しいものを、ホークスは彼からもらい続けている。
ヒーローネットを手始めに、ざっとSNSを流して緊急の案件がないことを確認する。十五時半過ぎ、雄英近辺で脱獄残党が生徒にスピード捕縛されて話題になっていた。アップされた見覚えのある面子の写真には、常闇らしき黒いマントが見切れている。
返事が来たら「お手柄」とでも返そうか。赤色のすっかり消えた地平線に、ホークスは伸びをしながら配管カバーから立上がった。ポケットに携帯をしまおうとした矢先、通知が画面にポップする。
常闇からだ。さて答えのほどはどうだろう? アプリを切り替えて、ホークスは目を丸くする。
画面に表示されたのは、ホークスには馴染みの高さから撮影された、この街の夜景だった。
空を仰げば南天に半月。シミのような黒い点が、ぐんぐんと大きくなっていく。
その降下は一直線に。目をこらせば、闇に紛れた黒い威容が見て取れる。この屋上をすっぽり包めるまでに夜を食らって、大鳥は音もなくホークスの前に降り立った。熾火のような目を片方パチリと閉じて、黒影がしゅるりと相棒の中に戻っていく。
「あなたの『休憩場所』だな。一度だけだが、見覚えがあった」
事態をようやく呑み込んで、ホークスは、ポカンと開いたままになりそうだった口を、どうにかいつもどおりに動かした。
「……まさか昼間の現場の後、直接?」
「ああ」
「タイム、自己新ぶっちぎりでしょ。ここまで速くなってたの、君」
「戦闘機と並び称されるあなたには、まだまだ及ぶべくもないが」
なんてことなさそうに述べた、いや、なんてことなさそうに振る舞おうとしている常闇の声にも顔にも、隠しきれない誇らしげな色が、疲れ以上にキラキラと滲んでいる。
鳥型の表情がわかりづらいなんて、そんなデタラメいったい誰が言ったのか。ホークスは、ついつい笑み崩れてしまいそうになる表情を押さえ込むのに忙しかった。だって、常闇の言葉はまだ続いていたもので。
「……あなたの薫陶の証明以外、今日俺からあなたに贈れるものが思いつかなかったんだ」
本当にただそれだけのために、数百キロを全力で翔けてきたらしい彼は、一度言葉を切って、とても綺麗な礼をとった。
「この日に多くの祝福を、ホークス。あなたの誕生した日を、心から、お祝い申し上げる」
言祝ぐ、という言葉は、とホークスは思う。
どうやら、まだこの世から絶えてはいなかったらしい。
「……俺、言ったことあったっけ? 誕生日」
「いや。だが、隠してもいらっしゃらなかったろう」
そうだね、と肩を揺らし、ホークスはお礼代わりに素直に白状することにした。
「ありがと。……実を言うとね。俺は、予想を超えてきた君に驚かされるのが一番楽しい」
常闇の頬がほっとしたように緩んだ。
彼はその趣味と物言いが風変わりなだけで、決してエキセントリックな性格をしていない。これでいいのかという不安はきっちりあって、それでも、今の彼にできる限りのことをしてくれたのだ。
「君、これからの予定は?」
「微力ながら年末に労働力を提供できれば、と。いつもの仮眠室は借りられるだろうか」
「やっとの冬休みでしょーに。おうちの方は?」
「『背伸びを望めるのもその歳の特権だ』と」
「……君のご両親だねぇ」
じゃぁ遠慮なくこき使わせてもらおう、とホークスはにんまり笑ってみせた。常闇も、もうそのくらいでは動じない。
「一応システムに登録されたスケジュールは確認したが」
「だけじゃないんだなーこれが。全部並べると笑えるよ? まぁでも、今の最優先は」
ホークスは月に向かって翼を広げた。
ああ、実に佳い晩だ。
「ちょっと豪華な晩飯だね。都合がつきそうなら、SKの皆も呼んじゃおっか」