「そうそう、こないだ賞とったショートフィルムを家で見てて」
会議の出しなに、最近どうだという話題に返ってきた答えがこれだった。ジーニストは晒した鼻先から上で意外を訴える。
タイトルには聞き覚えがあった。友人の知り合いのそのまた関係者、くらいの縁のある人物の撮った作品で、実はジーニストも試写会には呼ばれていたのだ。生憎と、都合はつかなかったが。
「そんな趣味があったのか?」
「ないスね。俺、ニュースも倍速で最低2つは同時に見たい方で」
「頭に入るのかそれは……?」
「情報遅いとダルくて逆に疲れるんですわ。……ただ、あれはなーー。アートマジ分からんです。フミ、常闇くんがまぁすーごい納得いかなそうに首捻ってて」
華やかなプロフィールを引き剥がされた男は「むしろ芝居の必要がなくなって清々した」と言わんばかりの自然体だ。最近、そう、ワーカホリックを半分ほど返上し「家に帰るのが楽しい」などと親しい人間が逆に耳を疑うようなことを言い出した最近は、とみに屈託のない顔で笑う。
「『いやそんな真面目に見るんだ?』って、こっちが面白くなっちゃって。結局三回見たんですよ。凄いです。三回見てもなんも分からん」
監督さんには申し訳ないっスねーと喉を震わせる男に、ジーニストは一応の確認をとった。
「……同じ映画を二人で三回?」
「そうですけど。向こうは全然違うとこ見てたりするし、百面相するし。面白いんですよ、なんも分からんの映画が、あいつと見ると」
エレベーターホールへ辿り着き、ジーニストは足を止める。彼の行き先は地下駐車場だ。ホークスの行き先は、ホールを突っ切った先のラボエリアと聞いている。
尻切れトンボで終わって構わない世間話だ。別れを惜しむ間柄でもなし、すたすた歩いて行くだろうと思われた男は、ふとジーニストの隣で足を止めた。
その話は、最初から最後まで変わらぬ口調で締めくくられた。
「……キャラ作りにも話題作りにも、仕事にゃなーんにも役に立たないですけど、楽しいですね。こういうの」
ポーンとエレベーターが到着を知らせ、男は、それじゃ、と歩み去っていく。ジーニストは、件の難解な映画を見ている常闇は恐らくこんな顔をしていたのではないか、という面持ちのまま、ちょうどよく無人のエレベーターに乗り込んだ。
それはノロケか? と口走らなかった点については、自分は褒められてもいいのではあるまいか。己に厳しい彼がそんなことを思うのは、よくよく珍しいことだった。