相手が浮気をしていたらどうするか、というあまりに陳腐な、それ故に師の口から出るには違和感のある話題に、ソファ上で常闇は目を瞬かせた。
「前提として、性癖如何であなたと別れる気がないもので」
「……えらい角度から来たねまた」
「仮にあなたがポリアモリーだとしても、それでどうこうするという話にはならないな」
師の顔に浮かんだ疑問符に常闇は、複数愛者、と言い直した。
「へぇ、ラテン語かな。面白い尖りかたしてるよねぇ君の語彙」
「なんにせよ、あなたのすることなら、関係する誰に対してもいい加減ではないだろう。ちなみに、行為に混ざらないか、という話になるなら、それについては謹んで辞退する」
「うん、言わんけどね」
ロックグラスの氷をカラリと回して(素面でする話でないのは確かである)、ホークスは唇を湿らせた。
「じゃ、まさかの『気にしない』って感じ?」
「それはない」
不本意な誤解だったのできっぱりと否定する。隣の師は、ん? と疑問含みの視線を寄越してきた。
「一般に、『浮気』とは相手に秘するときに使われる言葉だろう」
あなたに嘘を吐かれるのも、吐かせるのも、悲しいことだ。
そう結ばれた常闇の言葉を、師は暫く吟味していたようだった。やがて、ちょいちょいと指で招かれる。
グラスを置いてから従った常闇は、案の定、人なつっこい大型犬を可愛がる要領で揉みくちゃにされた。
ローテーブル上のスマートフォンにはホークスの、おそらくは会ったこともない誰かとの「熱愛」を報じた三文記事が表示されている。
デビュー当時からこの手の話を千切っては投げ千切っては投げ、個々への認識たるやおそらく「朝餉で食したパンの枚数」さながらであろうこの人が、今回は記事を開くなり思い切り不快げに顔をしかめた。申し訳ないことに、常闇にとっては少々嬉しい話だった。
まぁ、たぶんバレている。