まだ知らぬ春の日居心地の良さに甘えてしまったのは、弱さなのだろう。
強くあろうとした。誰よりも強くならねばと、努力を重ねたつもりだった。
張りぼてなのだと知っていた、本当は。
「貴方は強いよ」
そう、渇望する言葉をくれたから。
縋ってしまったんだ。
いい加減に、手放さなければならないのだ。
この人の、傷は癒えた。
俺とは違う。
「藍曦臣」
「……何でしょう?」
穏やかな瞳が振り返る。
こうして、他に誰もいない場所でただ、刻が過ぎるのを待っていた。
「そろそろ、戻るべきだろう。宗主として」
「私は、まだ……」
睫毛が陰るのを、見て見ぬ振りをする。
「俺も、ここに来るのをやめる」
「何故ですか?不甲斐ない私に、嫌気が差しましたか?」
「あなたは不甲斐なくなどない!俺の方が」
「江晩吟」
「すまん。……あなたはいつも、俺を認めてくれていたな。認めて、受け入れてくれていた。俺はそれに甘えていたんだ。でもこのままではいられない。あなたもわかるだろう」
「そうですね。宗主として貴方は逃げなかった。私とは違う。ただ、もし今の私に役目がもらえるとしたなら貴方の安らぎになれればと……いえ、これは私のわがままでした。立場も責任も放棄して叔父と弟に押しつけて、ひとり山奥に閉じ籠もったというのに。それでも、私はまだ誰かに必要とされたかった。それから」
藍曦臣は伸ばしかけた腕をそっと下ろす。
「江宗主は、お戻りください」
きっと貴方は、私などいなくても歩んでいけるのでしょうから。
「藍曦臣!」
江澄は踏み込むように一歩、藍曦臣に近付くと下ろされたそ腕を掴み上げた。
「俺が、あなたを解放すると言っているんだ……!俺の方こそあなたを、いつまでもわがままで独占していていい訳がない。もっと早くそうするべきだったのに、俺は」
手放したくなかった。
「江晩吟?」
ギリリと掴まれたままの腕は藍曦臣に痛みを与える。けれど、そんなものは大したことはなかった。その痛みを与える人の悲痛な顔を見てしまったら。
「ああ、私はまた」
今度は藍曦臣の方から一歩、踏み出した。
「間違うところでした。見たいものだけを見て、信じて、結局全てを閉ざしてしまったというのに」
目の前にいる人は少年の頃から変わらない。負けず嫌いで、辛辣な言葉を吐き、容赦のない決断をする。けれどそれは彼のひとつの側面でしかない。
強い人だ。
確かに彼は強い。
それは、
「そんな顔をしないで。もし、許されるなら」
もう、貴方をひとりにしないと告げてもいいでしょうか。
弱い者の心を知る、貴方だから。