無意識下の当然 国崩大火が明けて暫く経った。
国崩大火以後も桜と杉下を先駆けとして展開される一年一組の最大火力の戦法は度々用いられ、数を重ねる毎に共闘のスタイルが板についてきた二人は味方すら震え上がらせる程の脅威的な存在となっていた。
そんなある日のことである。
最近、街で度々問題を起こす不良チームがいるという通報を受けた多聞衆一年の面々は教室で作戦会議に臨んでいた。拠点は町外れの古びた倉庫軍の一角。比較的大規模なチームでその構成人数は概ねキールと同程度か少し多いくらい。かつては梶たちの助けを得て何とか制圧できたが、国崩大火という激戦を乗り越えた桜たちなら十分制圧可能な範囲といったところだ。
通常ならそのチームの拠点にいつもの戦法で乗り込んで粛清してしまえばいい、ということになるのだが今回は一つ少々厄介な点があった。
「は?拠点が二つ?」
楡井が調べあげた情報を黙って聞いていた桜が思わず声を上げた。
「はい…どうやら隣り合った二つの倉庫を拠点にしているようなんです。どちらにどれほどの数がいて、それがどれほどの戦力を有しているのかはその時にならないとわかりません…」
そう告げる楡井はできることならもう少し詳しい情報を掴んでおきたかったのだろう、悔しそうに顔を歪めている。構成人数や拠点の情報を掴んでいる時点で十分すごいのだが。
「なるほど…片方だけに攻め入ると挟み撃ちになる可能性が高い。こちらも二手に分かれて同時に叩く方が良さそうだね。貴重な情報ありがとう、にれくん」
「いえ、俺は自分にできることをしたまでですから」
蘇枋が楡井を労うように肩を軽くぽんぽんと叩くと楡井は漸く表情を少し和らげた。
「じゃあまずはチーム分けだね。分散した相手の戦力がわからないなら、とりあえずこっちは両方同じくらいの戦力になるように分ければいいかな?」
「そうだね、どうしようか…」
「とりあえず、俺と杉下は別だろ」
チーム分けについて考えを巡らせるなか真っ先に響いた声に反応して皆が一斉に声の主である桜の方を見る。
一気に注目の的となった桜は怯んだのか一瞬びくりと身体を揺らしたものの、すぐに気を取り直して言った。
「戦力を半分にするんだろ?いつも真っ先に突っ込んでいく俺と杉下は分けてそれぞれの特攻要員にすればいいんじゃねぇのか?」
桜の発言は概ね理に適っていると言えるものだった。さすがに一人で特攻を仕掛けるのは各倉庫の相手の数も戦力もわからない今回は危険なのでさせるわけにはいかない。
「一人で特攻を仕掛けるのは何かあった時フォローできないからダメだよ。でも、確かに桜くんの言う通り二人には別チームになってもらう方がいいかもね」
何と言っても我が組の二大エースだ。それぞれ喧嘩のスタイルは違えど一人でも十分戦力として頭抜けている。
「うん、俺も賛成~。じゃ、桜ちゃんと杉ちゃんは別チームにするとして、残りのメンバーのチーム分け考えよっか」
「…うん、こんなところかな。」
蘇枋と桐生が中心となって桜と杉下を除くクラスメイト全員のチーム分けを終えた後、その他細かい打ち合わせをして作戦会議は終了となった。
「杉ちゃーん、起きてー。今回の作戦の説明するよ」
桐生が何度か声をかけ続けると、この作戦会議の間中ずっと机に突っ伏して眠っていた杉下がようやく気だるそうに顔を上げた。
杉下は起こそうとしてもなかなか起きないので作戦会議が終わった後に起こし、蘇枋か桐生のどちらかが相手の情報や作戦内容を伝える、というのが恒例の流れとなっていた。
「おはよー杉ちゃん。今から作戦伝えるよ、いい?」
問いかけに黙って頷きを返す杉下を確認して桐生が相手チームの情報から順を追って伝え始めるのを横目で眺めつつ、桜が徐に口を開く。
「…お前も桐生も、毎回わざわざアイツの為に一から全部説明し直すの面倒臭くならねぇのか?」
「まあ本当なら一緒に参加してくれるのが一番なんだけどね…杉下くんは積極的に発言するタイプじゃないし、俺たちも杉下くんに一から説明するなかで作戦の再確認ができるから完全に無駄、って訳でもないかな」
少し眉を下げて困ったように笑いつつ言う蘇枋に本人たちがいいならいいか、と一応は桜が納得したところで、突如教室にガタンッと大きな音が響いた。
「おお...?どしたの杉ちゃん」
大きな音と桐生の戸惑った声に顔をそちらに向ければ、杉下が立ち上がっていて先程まで腰掛けていた椅子が後ろに倒れている。どうやら音の発生源はそれだったらしい。
「…………?」
問いかけられた杉下本人も何故か戸惑った顔をしている。
…いや何でだよ、何か理由があって急に立ち上がったんじゃねぇのか。
何にせよ状況確認は必要だと副級長の二人と共に杉下と桐生の元へと向かう。
「おい、どうした?」
「いやぁ...普通に作戦説明してただけなんだけどね」
桜の問いかけに応えながらちらりと横目で杉下の様子を窺う桐生に釣られて桜もそちらを見る。
桜が近づいたのでいつものように嫌そうな顔をしているかと思っていたが、今日は何やら口をヘの字に曲げて不可解そうな顔で桜を見ている。
「…?何だよ?」
「…別に」
何か言いたいことがあるのかと杉下に問いかけるが、ふいと目を逸らしてすげなく返される。その態度にカチンときた。
「別にって何だよ!人がせっかく…!!」
「まあまあ落ち着いて、桜くん。杉下くん、何か思うところがあるなら言ってくれないかな。今回の作戦のことで何かあった?」
「…チーム分け」
蘇枋にも問いかけられた杉下は暫し間を空けて、やがてぼそりと一言呟くように言った。
「チーム分け?どこかまずいところあったかい?」
「…まず、くは…ない…」
キョロキョロと視線を彷徨わせ落ち着かない様子の杉下を暫くじっと見ていた蘇枋が、突然合点がいったというようにポンと手を叩いた。
「………ああ!今回はこういう作戦になったけど、別に相棒解消とかじゃないから大丈夫だよ!」
「っ!??」
「あー、そういうこと?」
「確かに、国崩大火以降桜さんと二人セットで喧嘩すること多かったですもんね」
蘇枋の言葉に杉下が思わずといったように息を呑むと、その様子を見ていた桐生と楡井も何やら察したらしく納得の声を上げた。
どういうことなのかさっぱりわからない。
自分一人だけがわかっていないことも納得できない。
「おい、どういうことだよ?」
「つまりね、杉下くんはこれからも桜くんの相棒でありたいって思ってるってことだよ」
「…は?」
「!!」
余計なことを言うなとばかりに声を上げた杉下だったが一足遅かった。
蘇枋の言葉を咀嚼し、その意味を理解するにつれじわじわと桜の顔に熱がこもってくる。
「……チッ」
桜の様子を見ていた杉下は一つ小さく舌打ちをしたものの蘇枋の言葉を否定することはせず、倒してしまった椅子を元に戻すとそのまま教室を出ていこうとする。
「杉下くん、作戦についてはいいのかい?」
「…俺とソイツは今回は別チームで、相手の拠点二ヶ所を各チームが分担して同時に叩くんだろ。わかった」
「そう、ならいいんだ」
決行は今日の放課後だよ、と蘇枋が言えばこくりと頷きを返して杉下は廊下へと消えていく。
(…ああ、きっとアイツも、あの時俺と同じ感覚を持っていたんだ)
杉下を見送った桜はじんわりと沸いた喜びを噛み締めた。
烽の一人を、一時的とはいえ二人で協力して打ち倒したあの時。言葉を交わさずとも目で互いの意思を伝えられた。一人では絶対できないことができた。単純に二人で戦うのではなく、二人で協力して戦ったからこそ得られたあの高揚感。
相変わらず普段は喧嘩ばかりで仲良くなったとは到底言えない。しかしそんな相手でもお互い通じるところはあるし、蘇枋の言葉を否定しなかったことを考えると杉下は本当にこの相棒という関係を手放しがたく思ってくれているのだ。それに気づけたことが桜は何より嬉しかった。
その日を最後に、件の不良チームは無事解体され街に被害が及ぶことはなくなったのだった。