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    nlak_kk

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    巽→←マヨ
    無人駅で海を眺める話。

    #巽マヨ
    Tatsumi x mayoi

    (恋をしている) 「海を見に行きませんか」

     巽の唐突な誘いにマヨイは一言目を失った。首をかじける姿に慌てて承諾の言葉を返せば、巽は安堵の色を浮かべてマヨイの手のひらに体温を重ねる。
     何故あなたはすぐに私に触れるのでしょうか。視線を揺らしながらも、問いかけるために唇を震わせようともしなかった。視線を落とせば、巽の手のひらは未だに両手を温かく包み込んでいる。それじっと見つめていれば、どことなく額がむず痒い心地になる。

     「あのぉ、逃げませんので……ですから、そろそろ手を離していただけませんか? 」

     もはや口癖のような謝罪の言葉ののち、一度力を込められた手のひらはようやくその体温を離す。指先までもじんわりと温めたそれは、己が離されることを望んだはずなのに、自らの意思であの感触を忘れまいと掴み返しているようだ。そんなはずはない。頭を振る。わずかな振動で三つ編みから後れ毛が逃げ出せば、その毛先すらも彼はとらえた。指先ですっと撫でつけ、元いた毛束へと戻してやる。一瞬うなじに指の腹が触れると、マヨイは思わず顔を上げた。
     巽は一度でも彼から目を逸らしたのだろうか? 視線の先には当然のように相手を見つめる紫の瞳が浮かんでいる。
     視線がぶつかり合えば、マヨイの身体が硬直することなど意図も容易いものだった。

     「気になっている場所がありまして。調べた情報を後で送りますね」

     スマートフォンを取り出す仕草に合わせ、ようやく視線が下を向く。それでもなお身体の緊張が解けることはなく、悲鳴のような小さな返事が乾いた口から漏れ出した。

     「ところでマヨイさんは、海はお好きですか」
     「ええと 行ったことがないもので」
     「そうですか。では今度一緒に行きましょう」
     「え? は、はいぃ……」

     念押しをされたのだろうか。マヨイが困惑する素振りを見せると、巽も言葉の違和感に首を捻る。一拍の沈黙ののち、柔和な表情を珍しく崩してはっと口を開く。

     「俺はそもそも海へ行くお誘いをしたのに、これではあまりにくどいですな」

     開いた口のままふはっと笑い出す巽に対して、マヨイは置いてけぼりにされたようだ。おろおろとその様子を眺めていたが、いつまでも笑う巽につられて困ったように笑みをこぼした。

     「ふふふふ わ、笑いすぎですよ? 」
     「ふふっ はぁ……いえ、まさかこうにも取り乱すとは」

     笑顔のまま、その頬は幾らか紅潮していた。そのままふいと視線を窓へと向ける。薄い色素の髪に日光が反射し、いっそう頬の色を際立たせた。

     「すみません。君が誘われてくれたのが嬉しくて」
     「俺は存外単純なんですよ、マヨイさん」



    ・・・

     私の名前をあなたが呼んだ瞬間だけ、ちらりと瞳がこちらを向いたのだ。
     どきりと心臓が跳ねる。その後もとっとっと跳ね続ける鼓動は、緊張と呼ぶにはどうにも甘ったるく、しかし感情へ名前をつけるにはどうにも恐ろしい心地がした。

     「そう、でしょうか」

     精一杯の言葉にあなたは言葉を返さない。なおも向けられる視線に私が目を合わせることはなかった。だが聡いあなたのことだ、きっと察しはついたことでしょう。再び三つ編みを撫で付けると、「また後で」と小さな約束だけを交わし、耳まで熱い私一人が取り残された。

     「はぁ……」

     未だにはやる鼓動を押し留めるようにその場にしゃがみ込む。鼓動が落ち着こうとも、甘ったるい衝撃はくどい味わいを心に残す。それでも、いつまでも手離そうとしない私自身のことが私は──
     「醜くて仕方ありません」

     膝に顔を埋める。
     見ようともしなかったくせに。
     耳に反響する憎まれ口があなたの声であればいいのに。大きくため息をつくと、どす黒く渦巻く感情が吐き出される。

     「私だって単純なんですからぁ……! 」
     大切なものを抱きしめるようなこの体勢はあながち間違いではないのだろう。
     とくり、とくり、
     甘やかな心音が私をくすぐる。私は、私は──
     (きっとあなたに)

    ・・・


     無人駅を横目に、上り快速列車が通過する。
     波音が届かぬ代わりに、潮風に吹かれた木々がざわめく。林を切り拓いて作られた無人駅は、海を眺望する割に潮の匂いが薄く、その分豊かな草木の匂いが憩いを与える。晩夏の候、いずれ赤く染まるであろうハナミズキが緑陰を落としていた。
     凪いだ海を臨む二つの影は、どこまでも他人であるかのようにつかず離れずの距離を保つ。どこまでも穏やかな時間をしばし無言が支配したが、マヨイが手で首を扇げば右隣の巽が静かに声をかけた。

     「大丈夫ですか? 何か冷たいものを買ってきましょうか」

     夏の盛りがとうに過ぎたとはいえ、コンクリートの照り返しが未だ肌に熱気をもたらす。きょろ、とあたりを見回せば、ホームの端に褪せた赤い自販機が佇んでおり、マヨイが止める間もなく巽がそちらへ駆け出す。ガコンガコンと大きな音が鳴ると、程なくして二本のサイダーとともに帰ってきた。

     「俺も暑くなってきました。屋根があるとはいえ油断できない気温ですな」

     柔らかな笑顔は彼の清廉さを引き出し、快晴がいっそうそれを際立たせた。マヨイは双方のまぶしさに思わず目を覆ったが、このような反応にも巽自身慣れているのだろう。首筋にぴとりとペットボトルを当てると、ヒィっとお馴染みになった悲鳴が上がる。思わす手を下ろせば、むしろ無邪気さにあふれた笑顔が先ほどよりも近い距離でマヨイを覗き込む。

     「ヒィィ! す、すみませぇん! い、いえ、それよりも、あ、ありがとうございますぅ」
     「いえいえ、どういたしまして。自販機を前にして、そういえば何を飲みたいか聞くのを忘れていたことに気付きまして。サイダーで大丈夫でしたか? 」
     「は、はい。ありがとうございます……」

     マヨイはペットボトルを受け取るとしばし視線を落とす。サイダーの気泡が昇るのを見ながらひとり笑顔を浮かべた。普段はあまり口にしないが、この暑さだ。炭酸の刺激が恋しくもなる。おそるおそるキャップを開ければ、立ち上る泡がすんでのところで収束する。ほっと胸をなでおろすと、一方の巽は思わず吹きこぼしてしまったようで慌てて中身を口にしていた。

     「っと」

     手のひらを濡らすサイダーに巽の舌が触れた。その様子を直視し思わず身体が硬直する。それもつかの間、マヨイはハッと声を上げた。

     「だ、大丈夫ですか!? 良ければハンカチ、お使いください」
     「ありがとうございます。炭酸の勢いが凄かったようで……すみません、洗って返しますね」
     「い、いえ、そんな! ウェットティッシュがあれば良かったのですが……そこまで気が回らず」
     「いえいえ。十分ですよ。お気遣いありがとうございます」

     溢れたサイダーをふき取り、巽はふむと考えた後自身の鞄を探る。様子を見ていたマヨイにガーゼ織のハンカチを差し出した。

     「べたべたにしてしまいましたから、やはり洗ってお返しします。その代わりに、マヨイさんはこちらをお使いください。まだ使っていませんから」
     「そ、そこまでお気を使わなくても大丈夫ですよ? 」
     「さすがに申し訳ないですから。マヨイさんが嫌でなければ」

     嫌だなんてそんな、と返事をするなりマヨイの手には柔らかなハンカチが握らされた。イルカやラッコが施されたそれは、いつぞやに四人で出かけた水族館で買ったものだった。懐かしさが胸を満たすと、じんわりと心があたたかくなる。改めて礼を返せば、声色でも伝わる落ち着いた様子に巽も頬を緩め再度サイダーを口にした。

     上り普通列車が停車し、乗り降りがないことを確かめると定刻に列車が出発する。無人駅で取り残されたふたりぼっちの空間は、時々人の出入りがあれども思わず手を重ねてしまっても誰一人として咎めることはないのだ──そうするのが隣に座る人物だったとしても。
     互いの小指が触れる。マヨイの手ですら引くことはなくその場でじっと体温を共有していた。先に気付いたのは巽の方で、しかし、きっと指摘をすればこの交わりは解かれるのだ。我ながら意地が悪いと思いながらも声に出さないように笑みを飲み込み、きっと手を引っ込められるだろうその時まで相手の存在を確かめていた。

     「? あっ」
     「気付いてしまいましたか」

     その言葉と同時に触れるだけだった指先を絡めた。いたずらげというよりも無邪気が込められた笑顔にマヨイはたじろぐ。だがどうして、その手を引っ込めようとはしない。巽は内心ひどく驚いていたが、熟れた瞳が巽を捕らえると気持ちをごまかすことなど到底できやしなかった。

     「もう、どうしていつも……さ、触ってくるんですかぁ」

     予想外の言葉に空気が固まる。マヨイは至って真剣な表情であえて巽の指に力を込めてみせた。
     ネコであれば尻尾を立てているかもしれない、いや、それほど動物に詳しくもないのだが。もしかすると頭を撫でると甘噛みをしながらするりと懐に滑り込むのかもしれない。あくまでも動物であればの話だが。
     くだらない思考が巽の脳内をめぐる。その間もマヨイはお小言を漏らしながらも次第に頬を染めていった。

     ああ、やはり。
     マヨイは飛び出しそうな言葉を飲み込んだ。一方で、それをやってみせるのが巽だった。紫色の瞳を闇に閉ざすことなく、木々がざわめくだけの空間で口を開いた。

     「俺はマヨイさんのことが好きです」
     「もう! ……え? は、はい……? 」
     「ですから、改めて手を繋いでもいいですか? 」

     ずいと巽の顔が近づく。もうこの感情を誤魔化すことができないのかもしれない。マヨイの返事は風の音にかき消される。数拍ののち、どこまでも赤の他人であった二つの影がひとかたまりに重なり合う。下り普通列車が到着するまでのたったの十分間。お互いの意思で繋がれた熱を共有するこの時間が随分と重たく感じられたのは、相手の脈と自分の脈が綯い交ぜになったからだろうか。
     手汗が気になる。乗客が訪れたらどうしよう。先ほどの言葉は本当にそういう意味でしょうか? マヨイの脳内でぐるぐると思考が渦巻く。それでもなお、すべての言い訳をはねのけてでもその手を離そうとはしない。
     今手を離せば、次に手を繋ぐ口実が私にはわからない。
     膝に置かれたガーゼ織のハンカチを攫ったのは、きっと臆病風だった。足元に着地したハンカチを慌てて拾い上げれば、線路の先から警笛が鳴った。

     下り普通列車が到着する。行先は、券売機の路線図からはみ出したはるか先の駅名だ。まるでピンと来ないその地名に、随分と遠くへ来てしまったような心地がした。
     ようやくまばらに人が降りる。地元住民らしき人々は、ホームに腰かける若者二人を気にも留めず、再び望んでその場に置き去りにされた。

     「この路線の終着駅に何があるかご存じですか? 」

     唐突な巽の問いにマヨイは首を振る。上昇しきった顔の熱がふっと引くと、ようやくまともに呼吸ができた。

     長く生きた人生で、列車に乗って小旅行をするなど考えもしなかった。当然目の前の路線の終着駅を知るわけもない。頭に日本地図を思い浮かべ、うっすらと地域を想像する。とはいえ詳細な名所まではひらめかなかった。

     「この先に紅葉の名所があるらしいですよ。俺も実際に見たことはありませんが」

     揃って下り方面を見る。木々に埋もれたその先は見通せず、いっそう未知の光景に期待が膨らんだ。

     「せっかくですから、終着駅まで乗ってみませんか」
     「フフフ まだ紅葉には早いですよ。ですが……予習するのも素敵ですね。いつか四人で紅葉巡りもしてみたいですし」
     「名案ですな」

     巽は笑って見せ、マヨイもつられて表情を崩した。マヨイが時刻表を確認しようと席を立つと、巽の左手がくっと裾を引く。
     油断していた。そういえば私は、彼の言葉に明確な返事をしなかった。心は決まり切っているが、その一言を発することは舞台に立つ以上に勇気が必要で、ともすれば地底から意を決して一歩を踏み出した時にも匹敵するのではないだろうか。
     目を伏せ、服の裾を掴む。固く握られた手には血管が浮き、巽がそれ以上触れることはなかった。巽が離しかけた手をマヨイが咄嗟に引き戻せば、彼にとっては今時点で十分な答えだった。

     「……、マヨイさん」

     引き戻した手は所在を失う。離せないままに情けなく胸に抱き、問いかけに対して朧げな相槌を打つ。

     「紅葉が美しい頃にもう一度行ってみませんか。今日のように」

     どき、どき、と心音が耳をふさぐ。それでも巽の小声はクリアに耳に届く。張り付く喉が気持ち悪く、サイダーの甘ったるさだけが舌に残る。喉越しが手助けするでもなく、臆病風は毛先を撫でるだけだ。唇を振るわせ、二度三度と呼吸する。一音目は随分と上擦り、思わず羞恥で顔を歪める。だとしても、巽は決して笑いはしない。マヨイは空いた手で顔を覆い、ようやっと滑り出た言葉は微熱をはらんでいた。

     再び無人駅を上り快速列車が通過する。大勢の乗客の視線は白波立つ海原に注がれ、アイドルたちが等身大の笑顔を向け合う様子に、誰一人として気付くことはなかった。
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