圭藤学割あるから、カレー屋さん行きませんか!
なんと情けないセリフだろう、と要圭は振り返る。
いっしょに遊ぼうって、ごはんとか食べに行こうって、学校がなくても練習がなくても、野球が俺たちのあいだになくても、ただ会いたいんだよって言えばいいだけなのに。
「おっ、いいな、俺が作るやつよりうめーんだろうな?」
二つ返事でのしかかる体重に、ウッ、と喉に空気が詰まる。「わかんない、葵ちゃんのカレー食べたことないし」、あ、やべ、これちょっと怒られるかななんて返答にも、「じゃあそのうち食わせてやるよ」、君はニヤリと笑ってみせる。
それはそれで舞い上がってしまいそうな約束に、「で、店はどこにあるんだよ。吉祥寺か?」「えっ、えっとねえー」、ふたりもそもそと肩を寄せる。
「うおー、ナンでっけえ」
スパイスと香ばしいにおいにどことなく顔をほころばせながら、葵ちゃんが腕を伸ばす。お目当てのカレー屋さんはSNSで見るよりずっと不思議な雰囲気で、ふたりでどこか知らない国に迷いこんだみたいだ。
運ばれてきたごちそうに、おしぼりを握るでも、もちろん手づかみでナンを目指すでもなく、彼はうーんと伸びをする。手首から髪ゴムを外して、顔の周りにかかる金髪をひとくくりにすれば、“見慣れた葵ちゃん“の完成だ。
「えー、なんかやる気まんまんじゃーん」
「腹減ってんだよ。ナンおかわり自由だし、ぜってえ五枚は食う」
ぴかぴか、と両目を光らせてテーブルを眺める様子は、さながらお誕生日の食卓だ。ケーキのロウソクを吹き消すちびっこみたいにそわそわと体を揺らしながら、くんくん、と鼻をひくつかせてる。
その姿があんまりにも愛おしくって、俺は咄嗟にスマホを構えていた。
「いただきま……あ?」
パチリと両手を合わせた葵ちゃんが、画面の中でブレている。こちらの慌てっぷりがつたわってくる、実にステキな一枚だ。
おい、と写真に影が落ちる。思い出は身を乗り出した君に、いとも簡単に奪われる。
「あー!ちょっとー!」
「こそこそ隠し撮りすんな。ほら、めちゃくちゃブレまくってんじゃねえか」
どうせやるならちゃんと撮れよ、と先ほどの一枚をゴミ箱へ放り込んだ葵ちゃんがふんぞりかえる。
「えっ、えっ?いいの?」
「いーよ。ほっといたらお前、そのブッサイクなやつSNSに載っけそうだし」
「やだ〜うそ〜、葵ちゃんやっさしい〜」
「当然だろ、今さら気づいたのかよ」
腹減ってる、は本当なのだろう。
手早く「いただきます」を言い直すと、君はどんどんカレーをすくう。「おっ、うめえ」、と跳ねる眉毛も、むぐむぐとほっぺたをふくらませるのも、みんなみんな俺の手のひらの中。
「また来ようぜ」、と唇を舐める君に、うん、とようやくレンズをどけた。
「また来ようぜ、まだ食ってねえ味すげーあるし」
「ここ、いいよねえ、学割あるしねー」
「うん?うん、まあ学割はどっちでもいいけどよ、」
ふふ、と葵ちゃんが息をつく。
「そんなもんなくたって、どこだって行こうぜ。付き合ってんだし、俺たち」
シャッターを切るように、まばたきを繰り返す。
「おい、食わねえのかよ」と言って、君は俺に手を伸ばした。