圭藤別に、急に押し黙ったのは不機嫌さの意思表示じゃない。
「ほら、悪かったって。そんなすねんなよ、」
ケラケラと明るくわらう藤堂に、「いや、別に拗ねてるわけじゃ、」、俺はすかさず言い返す。一時間後には忘れていそうな他愛のないやりとり、気の利いた返事が思いつかなくて沈黙を選択しただけなんだが、と大きな手のひらを受け入れる。クセなのだろう、彼はやたらと俺の頭を撫でたがる。
「あのな藤堂、俺はただ、」
うりうりうりとかき混ぜられる髪の毛に合わせて首をかしげる。右へ左へ揺られながら、その手を取ろうと右手を伸ばした。いい加減、こちらのペースに引き戻したい。
「わかったわかった、チューしてやるから機嫌直せって。な?」
引き戻せたためしは、今のところない。
野球以外のそのすべて、いや下手したらこと野球においてだって、コイツはなかなかままならない。
「お、なんかうれしそう。智将にもスケベ心ってあるんだな」
「ちーがーう、そうじゃなくて、」
「とか言って、にやにやにやにや、まんざらでもないですーって顔してんぞ。写真撮ってやろうか」
「おい藤堂、」
「あっ、そうだよな、まずはお約束のチューだよな」
なぜか本気でスマホを構え出す藤堂に、見かねてこちらも手を伸ばす。
にやにやにやにや、お前だって人のこと言えないような顔しているくせに。
***
藤堂葵のほっぺたには、喜怒哀楽が書いてある。
“マジ最高、はらへった、ふざけんな、ちょっと引くわ“
話していても黙っていても隠す気などさらさらない感情が、言葉にされなくても伝わってくる。
だから今、目の前の彼の気持ちも、手に取るようにわかってしまう。“ほんの少しだけムッとしています“、だいたいこんな感じだろう。
俺とは目を合わせずに、けれど距離を置くでもない。近くにはいたいけど、不機嫌さを飲みこみきれてない。
なんともいじらしいじゃないか、と、「藤堂、」、明後日のほうを向く彼へ声をかける。
「藤堂、悪かった。あんまり拗ねるなよ」
「……」
「かわりに、お前の言うことなんでもきいてやるから。あ、でもこの場ですぐに出来ることな」
「……」
「ほら、なんだっけ。“チューしてやるから機嫌なおせ“、だっけ。お前、この前言ってたよな」
「……」
てっきり赤面してツッコんでくるか、やれるものならやってみろと煽ってくるかと思ったが、意外にも相手に動きがない。
そんなに根に持つようなことでもないんだが、と、もう一度彼をまじまじ見つめる。ご自慢の肩は、小刻みに震えていた。
「藤堂、お前、面白がってるだろ」
「……」
「このままずっと黙ってれば焦ってる俺が見られるとか、どうせそんな期待してるんだろう」
「……」
「おい、藤堂、待ちの姿勢やめろ。リアクション欲しがるな。こっち向けほら、藤堂、」
「……くくっ、」
ああまた、今度もこちらのペースへ引き戻すのに失敗してる。野球以外のそのすべて、いや下手したらこと野球においてだって、コイツはなかなかままならない。
ようやく体をこちらへ向けた藤堂葵のほっぺたには、“ゆかいで楽しくてはしゃぎたくてしゃーない“、デカデカとそんなふうに書いてある。