大魔道士のカミングアウト 2 「お初にお目にかかる。私はデストロールのガンガディア。大魔道士マトリフの弟子、ポップよ。君のことはマトリフから聞いているよ。是非会ってみたいと思っていた。まあマトリフがなかなか会わせてはくれなかったがね。会えて嬉しいよ」
「はあ……どうも」
礼儀正しく自己紹介をされてポップは拍子抜けしつつも片手を後頭部に置いてペコリと会釈を返した。
マトリフから聞いていたという台詞で、ポップは横目でちらりとマトリフへと視線を向ける。見るからに嫌そうな顔をしているマトリフ。それが仮にも恋人に対する表情なのかと思うと再び混乱してきそうだったが、しかしそれよりも気になるべきことがポップにはあった。
「……コイツが、師匠の……恋人……」
そう、恋人だ。マトリフは言った。
『アイツが……オレの恋人だ』
確かにそう言った。そしてガンガディアからも今のところ否定の言葉は出てこない。
つまり、本当に、ガンガディアがマトリフの恋人なのだ。
「……」
つまり、だ。マトリフと情を交わした相手が、このガンガディアということになる。
マトリフの裸体についている大量のキスマークに再び視線が釘付けになりかけたのをポップは気力で抗って頭をブンブンと振りまくる。床に落ちたシーツを慌てて引っ掴みマトリフの身体にぐるぐると巻き付けたポップは大きな息を吐き出した。これで一安心、とでもいうように額の汗を拭う仕草をした。
そんなポップにマトリフは、絞めすぎだ、苦しい、と文句を言うがシーツで包んでくれたこと自体には問題はないようだ。着替えさせられるよりはずっと良いということなのだろう。110歳の身体だったならともかく、今は80歳の身体であり、自分のことは自分でできる年齢だ。マトリフからすれば介護よろしく甲斐甲斐しく世話されるのは勘弁だった。もともとこの洞窟で一人でひっそりと死を迎えるつもりだった身の上なのだから。
それが、想定外にも約二名、弟子と恋人、世話を焼いてくれる者たちが、こうして傍にいる現状にマトリフは人生とは分からないものだとつくづく思うのだった。
「失礼するよ」
マトリフとポップのやりとりを見ていたガンガディアはそう言うと寝室内へと足を踏み入れた。
大きな体躯のわりには足音は静かで、それがマトリフを気遣ってのことだと知っているのは、マトリフだけだ。
ガンガディアはポップの横を通りすぎてマトリフの傍らにしゃがみ込むとシーツに包まれた小さな身体を抱き上げた。
大きな両腕にすっぽりとおさまったマトリフは一瞬目を見開いたが、抵抗するだけ無駄だと分かって早々に目を閉じてフンと鼻を鳴らした。体格も力も雲泥の差だ。さらに脱力している身体ではどうあがいても抜け出せるはずはなかった。
マトリフを横抱きにしたガンガディアは、すぐそこにあるベッドへとゆっくりと丁寧に、まるで壊れ物でも扱うかのように、そっとマトリフの身体を寝かせた。
「……もう帰ったと思ってせいせいしてたんだがなぁ」
「さみしい思いをさせてしまったかね?」
「せいせいしたっつったろ!」
「……不機嫌だな。寝ている間にいなくなったことは謝ろう。君が空腹だったものだから何か食べるものを買ってこようと思って出掛けていた。あと、これもな」
そう言ってガンガディアが懐から取り出したのは、小さな皮袋。少しだけその中身を取り出してマトリフへと見えるようにしたガンガディアの横からポップがひょこっと顔を覗かせる。
「薬草だ」
「ああ。マトリフは私と身体を繋げた後、なぜか回復呪文をかけることを嫌がるのだよ。身体を痛めているはずなのに……」
困ったものだ、とガンガディアが言葉を続けるよりも先にその顔面に向けてメラが放たれた。
ボウッ!!と燃え上がったそれをすぐさまヒャドで掻き消して、ガンガディアは心底困ったように眉を寄せた。
「いきなり危ないじゃないかマトリフ」
至近距離からガンガディアの顔面目掛けてメラを放った張本人であるマトリフはその顔を赤くしたり青くしたりと忙しなく変化させながらわなわなと全身を震わせている。そして、声を大にして叫んだ。
「うっせえ!!余計なこと言うんじゃねえよ!! おめえもだぞポップ!!」
「おれまだ何も言ってねーし!!」
まだとはなんだ、まだとは。
マトリフに睨まれても、ポップもポップで先のガンガディアの台詞を聞いて激しく動揺しているのだ。赤裸々すぎる話題にポップの顔とライフゲージは真っ赤である。
ヒャドで冷えた手をマトリフの額にあてるガンガディア。
「……熱が出ている。無理をさせてしまったな……申し訳ない。本当はずっと付いていてやりたかったのだが、情けないことに、意識を失った君を見ていたらまた手を出してしまいそうだったのだ。だから、少し頭を冷やそうと外へ出ていた。笑ってくれても構わない。君のことになると私は冷静でいられなくなる。もしも力加減を誤って君を抱き潰してしまったらと、不安になる時もあるのだ。それでも、離れがたい。どうしようもなく君に焦がれてしまっている……ゆるしてくれ」
「……」
「マトリフ?」
「……いや……おまえ……もうだまれ……」
瀕死のマトリフがそこにいた。
ガンガディアはそんなマトリフのか細い声にこそ意識を奪われており、背後で四つん這いになって床に突っ伏しているポップの様子に気付くことはなかったのであった。
「――ヨミカイン魔導図書館?……って、たしかパプニカ南西部の遺跡内に存在していたとか、書物で読んだことある、幻の図書館だろ」
「実在してたさ。まあ、今はもう無くなっちまったがな」
「マジかよ……すげえ!おれも行きたかったな〜!!」
腹が減った、と弱々しい声で呟いたマトリフの台詞によってなんとか持ち直したポップはガンガディアから薬草と食材を受け取って洞窟内の厨房で簡単に軽食を作った。
しばらくまともに食事を摂っていなかったようだとガンガディアから聞いたポップは少しの罪悪感を抱きながら、薬草をすり潰して飲みやすいように調合したものも一緒に盆に乗せて寝室へと戻った。
別の部屋にあるちゃぶ台をガンガディアに運ばせて、マトリフの寝室で食事を摂ることにした。
寝室へと向かう途中でポップはガンガディアから謝罪を受けた。なんのことかと思ったポップが聞き返せば、先程洞窟内に入ろうとした時にマトリフ以外の魔力を感じたことで殺意が湧いたのだという。マトリフがどんな状態でいるのかを知っていたから、自分以外の誰かがそんな彼の傍にいるのかと思った途端に激しい怒りが爆発したのだという。
なるほど、とポップは納得した。あの時に感じたプレッシャーはガンガディアの嫉妬によるものだったらしい。マトリフの結界へ影響を与えるほどの、と思うと決してかわいいやきもちだなどとは思えなかったが。
恋人なのになんで自由に洞窟内に入る許可が貰えていないのかと、そんなことを聞くのは野暮だなとポップは言葉を呑み込んだ。あの素直じゃない、ひねくれた男に、そんな可愛げを求めてはいけないのだ。
そのような諸々を経て、ポップとガンガディアはちゃぶ台を挟んで向かい合い、マトリフはベッドに上半身を起こした状態でお粥を食べている、今に至るのであった。
「まさか二人が初めて出会ったのが、そんなすげえ場所だったなんて」
「うむ、本当に素晴らしい知識の宝庫だった。それ故に、なんとも惜しい」
「ケッ、なに他人事みてえなこと言ってんだ!おい、ポップ、そのヨミカイン魔導図書館はな、コイツがぶっ壊したんだぜ」
「はあっ!? ぶっ壊したあぁっ!? ガンガディアが!? えっ、うそ、なんで!?」
マトリフとガンガディアが初めて出会った時のことを、二人は同時に思い出していた。
話せば長くなると前置いたが、アバンと初めて出会ったのもその時だと聞いたポップがさらに目をキラキラと輝かせて興味津々と促してくるのだから、マトリフは仕方ないとばかりに話して聞かせてやった。なんだかんだでこの愛弟子には甘いところのあるマトリフなのだ。
ガンガディアからすればマトリフとの初対面という輝かしい思い出であると同時に、初めて人間に負けたという苦い思い出でもある、複雑なものだ。
マトリフとガンガディアにとって、確実に人生の分岐点となった一つの出来事であった。
「――あの時くらったベタンは忘れもしない。今思えば、最下層までいくかの如き勢いで落下している最中、私は君に恋をしたのだろうな」
まさに恋に落ちたのだ。
「あー、師匠のベタンはとくに強力だからなぁ」
後半は聞かなかったことにしてポップは苦笑した。修行で何度も食らった呪文なのでまさに身に沁みている。
「それにしても、ヨミカイン魔導図書館を占領してたなんて、ガンガディアって実は凄いヤツだったんだな」
「称賛は嬉しいが、君たち人間からしたら私の所業はむしろ許せないものだろう」
ガンガディアが溜息を吐くと、そりゃそうだ、とマトリフは肯定する。
「どういうことだ?」
意味が分かっていないポップの問いに、マトリフとガンガディアはきょとんとして互いの顔を見合わせる。そして、はた、と気付くに至った。
「あ、ああ〜〜、そうか、言ってなかったか……」
「……マトリフ、これは言っても良いのか?」
「まあ、コイツは大丈夫だろ」
「え、なに?なに?」
なにやら不穏な空気を感じ取ってポップは狼狽えた。マトリフの恋人が実はデストロール(♂)だったという爆弾発言を受けたばかりだ。これ以上どんな秘密を暴露されることになるのか、少し解けかけていた警戒感が途端に戻ってきたポップは身構える。そして、
「実はコイツ……元魔王軍の幹部なんだわ」
マトリフの、やっぱり爆弾発言だった、その台詞を聞いて、ポップは見事に絶句した。