重圧呪文の契約に成功したポップはその付近にこれみよがしに置かれていた宝箱の中身を見て、それが本来自分の住まう世界にて身に付けたことのある装備品の数々であることからして、これらを用意したのが誰かをすぐに察するに至った。
「敵わねえなぁ」
宝箱の中から黄色のマントを取り出す。ポップの魔法の師である大魔道士マトリフからの餞別の一つだったそれはテランでバランと戦った際にボロボロになってしまったものだ。ポップの手元にはすでに無いものだが、このミラドシアに存在したそれはどうやらマトリフが所有していたようだ。
あの時マトリフの手が思いのほか優しくポップの背にマントを羽織らせてくれた。今なら分かる。あの時マトリフがどんな気持ちでいたのか――。
ポップは懐かしさすら感じるマントを背に羽織り胸元で留め具をカチリと嵌める。バサリとマントを翻して丁度いいサイズに知らず笑みを浮かべる。
その笑みは宝箱からさらに取り出したベルトを見てさらに深いものになった。明らかにマトリフの顔を模したバックルを見つめてポップは「やっぱこれだけはダセェよなぁ」と言いながらも躊躇いなく腰に巻き付けて装着した。呪われてるんじゃないかと思ったこともあるしぶっちゃけ今でもそう思っている。けれども、今となっては本当に呪われていようが関係ないしこれが実は高価なものでどんなに高値で買い取りを望まれようが、手放す気はないのだ。マトリフがポップのために与えてくれたものを、ポップは絶対に手放したくはないのだ。
「このマントも今度は大事にしねえとな」
ポップがメガンテを使ったことの方がマトリフにとっては衝撃が強く、かつてないほどに大目玉を食らった。そのためにせっかく貰ったマントを早々に台無しにしてしまったことを謝った際にはそんなことと軽く流されたものだ。むしろマントよりも自分の命を大事にしろと杖でしこたま殴られたことを思い出す。
そして最後に、柄の部分が伸縮性になっており光の加減で青にも緑にも見える美しい宝玉が輝く魔法の杖。マントやベルトと同様にマトリフが若い頃に愛用していたという、輝きの杖である。
ミラドシアでは初めて握るその感覚に不思議と胸に込み上げてくるものがあった。またこの杖をマトリフから与えられ、そしてこの先の戦いでまたポップの力になってくれるのだと思うと、嬉しくて仕方ない。目頭が熱くなってきて視界が滲む。マトリフが編み出して、教えてもらった新しい呪文をつい先程契約成功させられたことも相俟って、今、無性に、マトリフに会いたいとポップは心から思った。
「おれ師匠のところに行ってくる!!」
ふたりの返事は聞かぬままポップは踵を返して走り出した。もともと自主的な基礎練習を終えたらマトリフのところへ行って魔法の修行をつけてもらうつもりだったのだ。まさかその前にマトリフからこのようなサプライズを与えられるとは夢にも思わなかったが。
森の中を走って行くのももどかしくてポップはトベルーラを唱えて上空へと急上昇した。まだ近くにいる気がして、濃い緑のマントがその辺りでひらひら靡いていないかと周囲を見渡した。
そうして、大きな帽子を被った小柄な法衣姿の探し人を見つけ出して、ポップは嬉々としてその傍へと向かい飛んでいった。
「師匠!!」
「おう、ポップ」
「へっへー。どうだい? 似合ってんだろ」
宙に浮きながらくるくると回って新しい装備品を身に着けた姿をマトリフへと見せるポップ。
マトリフは素っ気なく言葉を返そうとしていたが、ポップがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、辛辣な言葉を寸前で飲み込んで代わりに不敵に笑った。
「へっ。オレほどじゃねえがな」
「そりゃそうだけどさあ!」
「んで? 見せたいもんはそれだけか?」
マトリフの言わんとしていることを正確に汲み取ってポップはマトリフ以上に不敵に笑う。
「新しい呪文、覚えたぜ」
ポップは輝きの杖を引き伸ばして構えた。ポップの魔法力を帯びて宝玉は淡い光を放ってさらに煌めく。
「いいぜポップ。見せてみな」
そこへ飛行系モンスターが数体、二人へと向かって飛んできていた。丁度良くエンカウントしたそのモンスターを顎でクイッと指し示しながらマトリフは腕を組んで我関せずの態度でポップを促す。
ポップは輝きの杖を頭上へと振り翳す。意識を集中させて詠唱を紡ぎ魔法力を練り上げていく。そして攻撃範囲にモンスターたちが入り込んだ瞬間を見計らって、ポップは輝きの杖を振り下ろしながら呪文を唱えた。
「ベタン!!」