マトリフが 仲間に 加わった!
「おう。そういうわけだからよろしくな」
「ハドラー様。この者が以前ご報告した大魔道士です」
「待て」
鼻をほじりながら気のない挨拶をするマトリフ。上司に新しい仲間を紹介するガンガディア。片手を前に突き出してストップをかけるハドラー。
「大魔道士とはあれだろう……勇者一行の」
「その通りです」
「ふざけるなよガンガディア」
「私は至って本気です。近年この魔王軍では深刻な人手不足。キギロが行方不明になってからというものもはや私ひとりでは仕事が回りきらないのが現状。故に私の知る中で最も優秀な人材を確保した次第です」
ガンガディアの言葉を聞いてマトリフがピクリと反応する。顔を顰めて傍らの巨体を見上げた。
「……オレに言ったのと随分と違う理由じゃねえか。それが本心かよ」
睨みつけた後にそっぽを向いて呟くマトリフに、焦ったのはガンガディアだ。
「大魔道士……っ、誤解だ。今のは魔王様に対して便宜上そう言ったほうが良いと判断しただけにすぎない。本当のことを報告するわけにはいかないだろう。私が君に告げたことは嘘偽りの無い私の本心だ」
「おいガンガディア聞こえているぞ」
地に片膝をつけて屈んだとしてもマトリフの目線の高さに合わせられないガンガディアはさらに身を屈めて逸らされたマトリフの顔を覗き込む。
ハドラーのドスの利いた声はガンガディアには聞こえない。
「信じてくれないのなら何度でも伝えよう。私は君のことが」
「あーーっ!! 言わんでいい!! こんなところで」
「構わんぞガンガディア。むしろ言え。お前はその大魔道士とやらをどうやって口説き落としたのだ?」
一転してハドラーは興が向いたように意地汚い笑みを浮かべてそう言った。途端にマトリフの鋭い眼力がハドラーを射抜くがむしろ生意気そうなマトリフの余裕の無い態度を見るのはハドラーとしてはなかなかに小気味良いと思えたのだ。
「ずっと憧れていた。君のことが好きだ。私と付き合ってほしい」
ガンガディアの言葉にマトリフは喚いて、ハドラーは「ん?」と怪訝な顔をした。
「なんだそれは?」
「私が大魔道士を勧誘した際に告げた台詞です。ハドラー様が言えと仰ったので」
冗談のつもりが本当に口説いていたガンガディアにハドラーは何も聞かなかったことにして祈りの間に引きこもりたくなった。
「何言ってんだこのバカ! デカブツ!!」
「しかし報連相は大事だと」
「時にガンガディアよ。その大魔道士とはどのような男なのだ?勇者一行に新たに加わったということしかオレは聞いていないが」
「全然できてねえじゃねえかホウレンソウ!!」
大丈夫かよ魔王軍……、とマトリフは額を片手で押さえて呻いた。ここが新しい職場になるのかと思うと不安しかない。いやガンガディアの告白にはなんだかんだで根負けして最終的には頷いてしまったが、まさか魔王軍として共に働くことになるとは思っていなかった。
「マトリフといったか。動機と経緯はともあれオレの部下となるのなら強さは必須。その実力を見せてみろ!」
「――お前マジでオレのこと魔王に何も教えてなかったんだな。二つの呪文を同時に使えることに驚かれてオレが驚いちまったぜ。仕事しろよおめえ参謀なんだろ」
地底魔城を半壊させかねない魔法対決は駆けつけたバルトスの仲介によりその場はおさまり、不本意ながらもハドラーは納得し、マトリフはガンガディアに抱きかかえられて彼の私室へと連れて行かれた。
「ハドラー様は強者にしか興味がない。君のことを教えたらハドラー様の関心を引いてしまいかねないと思ったら報告することを躊躇ってしまった」
「なんだそりゃ」
「なんだろうな…………おそらく君をとられたくなかったのだろうな私は」
「んな!? ……いらねえ心配してんじゃねえよ! だいたい魔王は勇者狙いだろうが! たくよぉ、オレなんかにそんなこと思うのはおめえくらいだぜ」
「そんなことはない。君は魅力的だ。その圧倒的な魔力。他の追随を許さぬが如くの知力。研ぎ澄まされた冷静さ。君のことを知れば知るほどに他の者も惹かれていくことだろう。そうなれば……私は君を誰にも奪われないように一生ここに閉じ込めてしまうかもしれない」
マトリフの小柄な身体をその大きな体躯で包み込むように抱きしめてそう言葉を紡ぐガンガディア。
「…………」
マトリフはしばらく黙って大人しくしていたが、不意にあからさまに呆れたような溜息を吐き出した。
ガンガディアの広い背中に腕を回して、回りきらないことに舌打ちを一つして、マトリフは厚い胸板に顔を押し付けた。
「オレはお前の言葉を……気持ちを受け入れてここまで付いてきたんだ。オレはオレの好きなようにやりたいことをやるだけだ。だからよガンガディア、お前も好きにしろよ」
頬に手を添えられ顔を上げさせられたマトリフは真上から降ってきた分厚い青い唇を笑みを浮かべた自分のそれで受け止めた。
翌日。マトリフの地底魔城での初仕事はガンガディアの私室に防音効果の結界を張ることだった。
無邪気な幼い人間の子供にガンガディアにいじめられていたのかと心配した言葉を向けられ、保護者の最強剣士にそれとなく我が子の教育的なことを指摘されてしまったり、完全に面白がった魔王に散々からかわれたりしたせいである。
「すまない大魔道士」
最近の過重労働による疲労が嘘のようにすっきりした顔で言うガンガディアの足を蹴飛ばしてマトリフは自分の腰に回復呪文をかけながら悪態をついた。
「今に見てろよあんの三流魔王……!!」
地底魔城での魔王と大魔道士による被害規模甚大な喧嘩が日常茶飯事として日々の一部に溶け込んでいくのはそう遠くない未来のことである。