天淵に響け、黎明の祝歌 第一話冒頭 「40年ぶりに南の大森林から大嘯穢が発生した」という報せは、王国の西域の町【楯ノ森】にも大きな混乱と恐怖をもたらした。
楯ノ森は、多くの旅人が訪れる、古くから栄える宿場町である。町は賑いに溢れ、旅人が泊まるための様々な宿屋はもちろん、三つの商店街はそれぞれに活気に満ち、中央には小さいながらも立派な六大神の神殿が建てられていた。町の西側には豊かな森が広がり、森林資源にも事欠かず、住人たちは溌剌と暮らしている。しかしながら、森は瘴気が発生しやすい場所でもあるために、町の外周を囲む防壁は、西側だけ他より高く作られていた。古い時代から、幾度も様々な職人の手によって補強され、また幾重にも重ねられ続けた防衛魔術により、西壁は夜になると微かに蒼く発光する。その美しい景色は、平素は町の観光資源としても役立っていた。
しかしながら、大嘯穢が押し寄せるとなると話は変わってくる。西壁と六大神の神殿から広がる結界は町全体を覆い、瘴気の侵入を阻んではいるが、大嘯穢の勢いと瘴気の濃さによっては、住人への被害を防ぎきれない可能性がある。また、大嘯穢によって変異した魔獣の暴走が同時に押し寄せ、壁自体が破壊されるようなことがあれば、被害は甚大なものになってしまう。
40年前の惨事を記憶する長老たちは急ぎ神殿に集合し、その対策を練り上げなければならなかった。大嘯穢の広がる速度は、想像以上に早い。報せを受け取った今頃は、南の大森林は既に瘴気からなる赤い霧に飲み込まれ、魔獣の闊歩する恐怖の森と化していることだろう。
王都からの援助は期待できない。王都の兵力は、防衛と、南の大森林における魔物の暴走を食い止めるために割かねばならないからである。従って、彼らは、今、楯ノ守にあるものを最大限活かして、大嘯穢が収まるまでの期間——早ければ一週間、長くて一ヶ月、町を守りきらねばならなかった。楯ノ森の守備兵は百名ほど。通常であれば町を守るには十分な数ではあるが、大嘯穢の影響で魔獣が変異し、強化されるとなれば話は変わってくる。訓練されているとはいえ、瘴気の中で、剣技や弓が魔獣にどれほど通用するのか未知数だった。
この時、町の防衛に真っ先に名乗りを上げたのが、偶然町に逗留していた傭兵団、"祭林組"であった。四代目組長ナンジョーを筆頭に、王国の内外に名を馳せる戦士カラタや魔術師コーバなどで構成されたこの傭兵団は、王都の騎士団にも匹敵する強さを持つとまで言われていた。
その祭林組が、町の防衛を買って出たとあって、町の住民たちは安堵と期待の入り混じった表情を浮かべた。彼らは戦いの経験こそないものの、噂に聞く"祭林組"の武勇伝を信じ、彼らがいれば楯ノ森も無事にやり過ごせるのではないかと希望を抱いた。