天淵第三話神話部分(仮) ——すると、姿が見えない神様が言いました。
「それでは、私が風を起こして、赤い霧を吹き払ってあげましょう」
人々は驚きました。大嘯穢の最中は、風は淀み、水は濁り、光は薄くなってしまうのに、どうやって風を起こすというのでしょう。
神様は、こう答えました。
「みなさん、声を出してみてください」
人々は、言われるまま、声を出してみました。
するとどうでしょう、人々の口から出た声は空気を揺らし、風になったではありませんか。
驚く人々に、神様は、自分と同じ声になるよう、声を出して見るように言いました。
低い声、高い声。
高い声、低い声。
そうして神様を真似て声を出すうち、人々はそれがとても心地良い響きを生み出すことに気が付きました。
低い声、高い声。
高い声、低い声。
様々な声は風になり、大きなうねりとなって、赤い霧を吹き払いました。
人々は喜び、神様に、これはどういうものなのかと尋ねました。
すると、神様は言いました。
「これは、歌です。体の中を巡る風に、皆さんの心を乗せて、遥か遠く、星までも届ける魔法です」
こうして、人々は歌を知りました。
神様は幾つもの歌を人々に伝え、自らも一緒に歌いました。
神様は、人々に、歌の作り方も教えてくれました。歌は、ただ声を高くしたり低くするだけでなく、歌う人の心を言葉にすると、より強い力を持つのだと神様は言いました。
そこで人々は、思ったこと、感じたことを言葉にして、それを歌にしてみました。
するとどうでしょう、風は踊り、水は舞い、光はきらきらと集まって、美しい獣の姿になりました。
驚く人々に、神様は言いました。
「これは、精霊です。私たちの窓、私たちの影、あなた方に寄り添い見守るものです」
精霊たちは、それぞれ気にいった人の体に入り、その力を貸してくれるようになりました。
こうして、人々は、歌を歌うようになりました。神様と人々が一緒に歌うと、歌は風になり、精霊たちは喜び、赤い霧は遠のいていきます。人々は神様を称え、感謝を込めて、名を贈ることにしました。
風と音楽の神、«遊詠»。
人々がそう呼ぶと、神様は大変喜び、人々の前に姿を現しました。
«遊詠»は、光と誓約の神«誓耀»と、闇と深淵の神«黯壑»に続き、人々に名を贈られ、姿を現した、三柱目の神様でした。