天淵第二話冒頭(仮) サトミは昔から、かくれんぼが苦手だった。
少年の周囲には、常に誰かが契約した精霊が控えていて、きらきらと、優しい光を放っていたからである。燃える鷹、白い虎、奇怪な土の猫に始まり、氷の蛇、岩の熊——そして、白く輝く鶴。様々な精霊が、契約者でもない小さな少年に付き従う様は、実に神秘的な光景であった。
時には、精霊だけでなく、契約者本人が控えていることもあった。炎を操る魔術師、風より早く射抜く狙撃手、様々な薬草に精通する薬草師、常に冷え冷えとした冷気をまとう魔術師、岩のような剣闘士——そして、何よりも少年を大事にする、あらゆる武器を使いこなす剣士。
彼らは、あの大嘯穢にも動じず楯ノ森を守り抜いた、誇り高き傭兵団・祭林組の組員たちであった。彼らは大嘯穢から町を守った後も、残った魔獣退治や魔獣の屍の処理、西の森で発生した瘴気の封印などの危険な仕事から、次の大嘯穢に備えての兵の訓練、防壁の強化、隣町までの護衛など、楯ノ森の町のために多岐にわたる仕事を引き受け、一つ一つ解決していった。やがてサトミが五つになる頃には、彼らは町の一角に拠点となる”祭林組本部”を構え、すっかり楯ノ森の一員として認められるまでになっていた。組員の中には、町のものと結婚し、子をもうける者までいた。彼らはいまだに傭兵団を名乗っていたが、今となっては傭兵団というより”町の便利屋集団”と言った方が相応しくなっていた。
そんな祭林組きっての色男と名高いのが、剣士キョウジであった。剣士というのは名前だけで、彼の戦い方は、武器と魔法を同時に使いこなし、さらには精霊がその補助や二重動作を行うという点でほとんど聖騎士に等しかった。風の精霊である馨鶴の《黎明》と契約しているキョウジは、その隆々とした逞しい体と凛々しい顔つきで老若男女から絶大な人気があり、多数の男女から交際を申し込まれていたが、彼は一つとして受け入れたことがなかった。彼にとって一番大切な人は、その人が生まれる前から、とっくに決まっていたからである。