夏の日の 真夏の炎天下、茹だるような暑さ。蝉の鳴き声が煩い森林を背に向けて、墓石に手を合わせる。火を点けたばかりの線香からは煙が立ち昇り、独特な薫香が漂っている。
目を閉じて、黙祷する。合わせた手に持った数珠は、父の形見だ。幸か不幸か、急逝した父が遺した物は多かった。整理がつかない気持ちも同じくらい深いが、形見には困らなかった。
…黙祷するフツオの横で、足音が聞こえた。足音は数歩、砂利を踏みしめて立ち止まる。誰だろうと、顔を上げて振り向いたフツオは驚いた。
「ヨシオ君?」
「あ…フツオ君、すみません、邪魔をして。」
謝るヨシオに「大丈夫」と言って向き直る――誰の葬列に訪れたのだろうか、外気温は三十度に達する暑さだと言うのに、ヨシオは礼服を着込んでいた。スーツの為か、広い肩幅にすらりとした長い足がよく目立つ。俳優のようなハンサムな顔の額には、汗が滲んでいた。
「暑くない?」
「正直…脱ぎたいです。」
問うフツオに、ヨシオは苦く笑ってスーツの襟元で扇いで答える。
「脱いじゃえば?」
「脱いだところで、またすぐ着る事になるので同じですね。」
「イメージじゃないなぁ。」
「そう言われても…」
顔に似合わないと微笑むフツオの前で、困ったように頭を掻いている。何をしても絵になるヨシオが羨ましいと心底思いながら、
「お父さんの、お墓参りなんだ。」
墓石に目を向けて切り出した。はっと、つられて目を向けたヨシオが合掌して目を閉じる。
「…フツオ君、その、お父さんは…」
「十歳の時に、事故で。」
黙祷から目を開けて問うヨシオに、感情を込めないように答える。何を思ったのか「そうですか…」と呟いて、墓石を見つめている。
「ヨシオ君は?」
重苦しくならないように、フツオは問い返した。ややあって、
「…祖父の四十九日です。」
と、表情を硬くしたヨシオが返事をする。その表情は死別への悲哀というより、何か複雑な思いを抱えているようにも見えた。
「そう、だったんだ。」
どう返そうか迷った末、フツオも相槌を打つに留まる。若干の沈黙が流れた。
「フツオ君。」
ヨシオの呼びかけに、フツオは振り向いた。墓石に目を向ける横顔には、何処か悲壮な色が漂っている。はっとするフツオが何か声をかける間もなく、向き合った顔と視線が交わる。
「ヨシオ、君…?」
見つめるヨシオの瞳に、フツオは一歩退いた――熱を孕む黒曜石の双眼が、真っ直ぐにフツオを貫いていた。奥底には、飢えた獣と同じ情欲の炎が揺らめいている。
「…あの、ヨシオ君――」
尋常でない様子のヨシオにもう一度呼びかけようとした時、栗色のセミロングの髪が、さらりと揺れて掠めた。フツオの目を黒い礼服に包まれた肩が覆う。縋るように、フツオの背に両手が回されている。
線香の匂いが、鼻腔を掠めた。数珠が、掌から地に落ちる。
「……」
無言のまま、ヨシオは強くフツオを抱き締めている。熱い吐息が、耳元にかかる――その空間だけ、時が止まったように思えた。
「…明日、海外に行きます。」
弱々しい宣言に、フツオは息を呑んだ。返す間もなく、言葉は続く。
「二度と、戻らないかもしれません。」
唐突な告白に、顔が歪む。告げるヨシオの声は、震えていた。悲壮な横顔の訳を知り、胸が張り裂けそうに痛んだ。
「何処に、行くの。」
問いたい事も、言いたい事も違う言葉が突いて出る。
「…イギリスへ…」
囁かれた国名を、フツオは反芻する。飛行機で順調にいけば半日から一日、時差は八時間…そんな、誰もが知っているどうでもいい知識が脳裏を過ぎる。
違う、そういう事ではないと、抱き寄せて震えるヨシオに、懸命に言葉を紡ぐ。
「フツコには、言ったの?」
気になった幼馴染の少女の名を出すと、ヨシオは無言で首を横に振り、一層抱き締める力を強くした。言っていない、のではなく、言えないが正解だろう。その理由が、フツオには分かる気がした。
「…だめだよ、僕じゃなくて、フツコに先に言わなきゃ…」
続けて「彼女が最初だよ」と言って、フツオは縋る腕を離そうと手を伸ばす。しかしフツオより先に、離れたヨシオがその手を掴んだ。汗ばむ長い掌が、フツオの手首を握っている――瞳の奥底、独占欲に燃える炎がフツオを焦がす――どくんと、心臓が高鳴った。