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    hoshina0018

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    hoshina0018

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    #RotR
    #主福主
    #死ネタ
    newsOfADeath

    燻るは灰桜色 髪を切る。自分のではなく、隠し刀と呼ばれる男の髪をだ。桜の花びらが舞う縁側で、のほほんと胡座をかきながら自分を待っている。
    最初に出会った時は前、横、後ろ、すべての髪を団子のようにひとつで纏めあげていて、纏めきれなかった短い前髪と襟足からこぼれた後れ毛が、風に揺れていたのを覚えている。
    しかし、今や伸びに伸びたその髪は団子状にするのは難しく、馬の尾の様にして纏められている。それを解くと、胸の下辺りまで髪が下り、そよそよとあの時のように風に揺れていた。
    「無理を言ってすまないな。お前は手先が器用だから、機会があればお前に頼みたかった。」
    「そんな事せず、髪結床に頼めばいいじゃないですか。」
    「節約の為にいつも自分で切っているから今回もそうしようかと思っていたんだが…丁度お前が訪ねて来てくれたもんだからなぁ。」
    運が悪かったなと、庭の方を向いておりこちらからは見えないが、笑っているであろう隠し刀が容易に想像出来る。
    運が悪かったなどとは微塵も思っていない。寧ろ僥倖に恵まれている。彼に触れられる機会が突然訪れたのだから。
    「…変な髪型になっても知りませんよ。」
    僅かな下心を隠すように、わざと文句を垂れる。
    「はは、それは困るなぁ。」
    そう言いながらもあまり困ってなさそうな言い草で、大人しく髪を梳かれている。
    なんとなく楽しんでいる様な気さえする。
    黒く長い髪はあまり手入れしていないのか、毛先が茶色になっており傷んでいる。毛が絡まって櫛が通らない箇所もあった。それを痛がらないよう丁寧に丁寧に解いては梳かす。
    「…お前の手は心地いいな。」
    「どうしたんです。あ、僕のご機嫌取りですか?言っておきますが、さっきのは冗談ですよ。故意に変な髪型にするつもりはありません。ただ…人の髪を切るのは初めてなので、失敗したらすみません。」
    「いや、わかっているさ。ただ思った事を述べたまでだ。それに失敗したらそれはその時だ。また髪は伸びる。」
    「…なら、遠慮はいりませんね。」
    櫛から鋏に持ち替え、試しに先端に鋏を入れる。ショキショキと髪の切れる気持ち良い音が長屋に響く。失敗しても平気な部分をしばらく練習に使い、なんとなくコツを掴んだ。それからは大胆にばっさりと切る。
    床に落ちた髪を猫が前足でちょい、と突くように構い、庭に落とす。するとそれを追いかけて猫も一緒に庭へ転がり落ちた。
    そんな光景を微笑ましく見守る隠し刀を見て、心がじんわりと暖まる。心地良いのは彼だけではない。自分もまた、彼から幸福をもらっているのだ。



    目を開けると、まだ日が昇っておらず、外は暗い。
    机の上で突っ伏して寝てしまっていたようだ。途中まで読んでいた書物が、自分の重みで開いていた頁で固定されている。いつの間にか蝋燭の火は消えていて、部屋の中までもが暗闇に包まれていた。
    寝起きの霞がかった頭で先程見ていた光景を思い出す。髪を切る音がやけに煩く、直接脳内でその場面が再現されているかのように響いている。

    隠し刀は死んだ。
    その現実を受け入れきれていない自分がいる。
    いつ命を落とすかわからないこのご時世だ。有り得る話ではあったが、まさかこんなに早く逝ってしまうとは想像もつかなかった。漠然と彼なら大丈夫だと、根拠の無い自信が心の底にあった。
    それでも日々は目まぐるしく過ぎていくし、腹は減り、眠くなる。やらなければならない事もごまんとある。
    彼の居ない世界で種が芽吹き、蕾をつけ、花が咲き、枯れる。
    共に見た景色は色付き、輝いて見えた筈なのに今は何もかもが灰色に見えた。
    そのせいか、こちらが夢なのではないかと、そんな気がしてならない。


    今日も忙しくなる。夢うつつな頭を切り替えたくて煙草を喫もうと煙草盆を探す。
    先程まで目を瞑っていたおかげで多少の夜目は利くが、明確には見えない状態だ。記憶を頼りに畳に手を這わせると、お目当ての物と共に小さな包み紙が指先に触れた。
    中を開けてみると、そこにはひと房の髪が入っていた。

    脳内の音がぴたりと止んだ。
    あの日、春の陽気の中で自分が切った隠し刀の髪だった。
    一気に込み上げてくる哀しみで胸が苦しい。上手く息が出来なくて、嫌でもこちらが現実だと思い知らされる。
    『お前に持っていてほしい』
    髪を切り終わり、目を細くしてはにかんだ顔が脳裏に蘇る。
    そう言って渡された、自分が入念に梳いた黒髪を恐る恐る撫でる。
    陽の光で温まったあの時とは違い、無機質なその髪は、彼が亡くなった事実を象徴するかのように温度を失っていた。
    あんなに触れていたかった髪なのに、今はただ、虚しい。

    彼とは言葉にして確かめてはいないが、お互いに友人以上の感情を抱いていた。もう相手に確かめる術を持っていないが、自惚れではない筈だ。だって、英国では愛しい人に贈る御守りとして髪を渡す事があると、サトウさんに聞いたその時、彼もその場に居たのを知っているから。

    もっと触れていたかった。もっと彼の事を知りたかった。自分の事を知ってほしかった。冗談を言い合って笑いあいたかった。
    …夢を叶える瞬間を、共に分かち合いたかった。


    煙草の葉と隠し刀の髪を適当に抜き取り、丸めて火皿に詰めた。慣れた手つきで火を灯し、外へ出るとゆっくりと呼吸を整えるように喫んだ。
    肺いっぱいに彼を吸い込む。身体中の血管、肉、骨、自分を構成する物全てに行き渡るように、喪失感を埋めるかのように。
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