「面倒なことにスパイも兼任なんです」
気づいた時には後頭部に銃口が押し付けられていた。
覇気のない声に、耐えきれないほどのプレッシャーを感じる。
身動き一つとれない。
真後ろに来るその瞬間まで気づかなかった。
資料集めに没頭していたからか。
否、気配すらしなかった。
ゴーストのような正体不明のその男は
どんな目でこちらを見ているのだろうか。
つっと冷汗が流れる。
男はしゃがんだ体勢で腰のベルトに手を伸ばす。
そこにはモンスターボールがあった。
ガツン。
その瞬間目の前が真っ暗になった。
「あとは頼みます」
気絶し床に転がる男を一瞥し、
アオキは暗闇に声をかけた。
しばらくすると自分と同じような背広姿の男たちが
倒れた男を縛り上げ、運んでいく。
ここに保管されている情報は国家機密にあたるものだ。
これを盗み出そうとしたあの男の末路は暗闇。
これから表にはできないような
きつい尋問や拷問を行われるのだろう。
そこまで考えてはっと時計を見た。
いけない。もうこんな時間だ。
「それでは先に失礼します」
先ほどの静寂とは打って変わり、
居酒屋特有のがやがやとした騒がしい店の中にいた。
「いつ見てもいい食べっぷりだね」
向かい側には酒が入り少し紅潮したカブがいる。
いつもの涼し気な目元はやわらぎ、ニコニコと笑顔を向けてくる。
「ええ」
ほっと一息つき、お茶を飲む。
テーブルには料理が所狭しと並び、
向かいには自分に付き合ってくれる気のいい友人。
平凡な男の幸せな時間。
自然と口角が上がる。
「次は温泉に行きませんか?」
「おっ、いいねぇ。僕もずっと行きたいと思っていたんだよ」
「海鮮丼の食べ放題もついているらしくて」
額がくっつくほどの距離でロトムをのぞき込み、話し合う。
一人の時よりも行きたい場所が増えた。
してみたいことができた。
人付き合いなど面倒だ。
一人でいい。
一人が楽だ。
この手が血で汚れるたびに、
虚無感は増していく。
そんな日々に出会った小さな変化。
わかっている。
自分はこれからも変わらないだろう。
しかし彼と出会ってから、日常にふとした楽しみが増えた。
例えば仕事終わりに二人で飯を食う時や。
例えば新しい店を開拓したとき、次は彼も誘おうと電話に手を伸ばすときや。
そういった一瞬が積もり積もって、
彼との時間がかけがえのないものになっていく。
真剣に旅行サイトを見ていたカブがふと顔を上げた。
「そうだ、アオキ君。近々ガラルに来てみないかい?」
そしてへにょりと笑った。
「それで首尾はどうですか?アオキ」
月明かりの差し込む室内。
こちらに背を向けていた
豊かな黒髪の女性が振り返る。
「問題ありません。
先日の情報漏洩の件は内部に潜入していた某組織の人間の仕業でした」
オモダカがアオキの言葉にうなづく。
「セキュリティや面接など見直す必要がありますね。
それで次の仕事ですが
…ガラルに行ってもらえませんか」
「…ガラルですか?」
半目だった目が少しだけ驚き見開かれる。
「ええ、ガラル地方のワイルドエリアにて
不審な動きをしている団体について報告を受けています。
その調査をお願いしたいのです」
「はい、大丈夫です」
「そういえば…」
オモダカは顎に手を当てて少しうつむく。
そんな仕草一つとっても切り取られた絵画のような
浮世離れした雰囲気を感じさせる。
「あなたが最近親しくしているカブさん
確かガラルのジムリーダーですよね」
「ええ、そうですが」
探るようなオモダカの視線に
少しとげのある口調で返す。
「交流を進めたのは私ですが、
あまり近づきすぎないように」
「…」
「万が一秘密を知られた場合は…」
「それはあり得ません」
「そう、…ですね。すいません。
口を出しすぎました」
「いえ、では」
「ええ、報告お待ちしております」