玄弥くんの日常とある休日の昼下がり。
それは唐突に起こった。
玄弥はいつも通りの休日を家族で過ごしているだけだったのだ。
それが、トイレに行ってリビングへと戻って来ただけだというのに、玄弥は唐突に前世の記憶を思い出した。
それはもう、雷でも撃たれたかのような衝撃だった。
トイレからリビングの大きなソファーへと座ろうと戻って来た玄弥は、思い出したと同時にその場に固まった。そして、恐る恐るといったように背後にあるキッチンへと振り返る。
そこには、前世では兄だった実弥がいた。
「………さねみ………」
「まァだ寝てろって言ったろォ…無理すんなァ…」
キッチンでおやつのホットケーキを焼いている実弥の背中にぺとりと眠そうに今起きたという義勇がひっつき、ぐりぐりと彼の肩口で頭を擦り付けている。
そう、あの犬猿の仲と言われた風柱と水柱が仲良くキッチンでイチャついている。
その事実に玄弥は変な汗がダラダラと流れた。
でもこれは、何も今初めて見た光景ではない。
ずっと前から見慣れた光景だったのだ。
玄弥くんの日常
玄弥の現在生まれ住む都市は、それはそれはもう栄えた都市で、どこの家も大きな1軒家が並ぶキメツ都市と言う。
今思い出したからこそ分かるが、この都市に住む人は誰も彼もが前世で見かけた顔が あることに玄弥は気づいた。
皆、名前は覚えてないけど顔は見たことのある鬼殺隊の人達だ。当然名前の知ってる鬼殺隊の人もいる。
何より、この都市で玄弥達の通う学園やら何やらを作って経営したり、この都市の基盤を作ったとされている産屋敷という人は、鬼殺隊のお館様ではないか。
その事実にも、玄弥は驚いた。
そして当然、鬼殺隊の頂点にいた柱のメンバーもこの都市に住んでいる。
向かいに住んでるのは、定食屋を営む伊黒夫妻で、実弥の幼馴染だ。
相手の奥さんは、かつての恋柱の甘露寺 蜜璃ではないか!
そして兄だった実弥は、カフェを経営している。
そして夜にはバーになるのだが、そのバーをしているのがあのかつては音柱を勤めていた宇髄 天元だ。
おまけに宇髄さんとつきあってる相手が今は大学生の我妻 善逸だし。
本当に驚くことばかりだ。
そして何より驚くのが、今生でも身内になれたことはとてつもなく嬉しいのだが。今生では兄ではなく、実弥は玄弥の父だったことだ。
そして、母というか産みの親がΩのかつてのあの水柱の冨岡 義勇だということ。
つまり玄弥は、αの実弥とΩの義勇との間に産まれた息子で長男だった。
その後に義勇は5人の弟妹を産んでいて、玄弥は6人兄弟妹の長男だった。しかもその弟妹達も、前世でも弟妹だった寿美、貞子、弘、こと、就也だった。
「玄弥ァ?どうしたァ?んな所に突っ立って…」
「え?あ、あぁ。別に!てか、ぎ…母さん起きたんだ?」
「………あぁ。おそよう、玄弥…」
「おそよう」
玄弥は目をしょぼしょぼとして眠そうに話す義勇を見て、苦笑した。
昨夜は宇髄さん達と遅くまで義勇が飲んでいたのを思い出す。
3歳の就也を寝かす為に実弥は義勇より先に寝ていたから、父である実弥が朝早くから起きてご飯を作ったりしてくれていた。
因みに土曜日と日曜日はカフェは休みにしている。実弥と義勇が子育てを専念したいが為に、学校のない休日は、カフェを休みにしてくれている。
それで経営は大丈夫なのかと心配になるが、このキメツ都市では皆が仲が良いので何にも心配はいらないのだ。寧ろ、そうしろそうしろ!と応援してくれるのがご近所の皆さんだ。文句を言う客がいるとすれば、それはキメツ都市外から来た人間だろう。
そんな仲の良い都市だからこそ、夜を担当する宇髄さんは、土曜日や日曜日に開けたり開けなかったりとその時の気分次第でしている。それでも文句がでないのが、この都市の良さと言えるだろう。
玄弥が気を取り直してリビングのソファーに座る。
ずっと実弥の背中にぺたりとくっついていた義勇が、その様子を見ていた。そしてぽそっと実弥の名を呼ぶ。
「実弥」
「あァ…今夜、チビ共が寝てから話するかァ…」
「わかった」
2人で子供達に聞こえないように、何やら決めたようだった。
それからいつも通りの休日を過ごして、末っ子の3歳の就也を筆頭に、小さい子供達から眠りについた。
玄弥は、明日も日曜日で休日だからとサブスクリプションでしている映画をTVで観ようと、リビングのソファーへと座った。
そこへ、お風呂から上がった実弥が現れる。
「何か見ンのかァ?」
「うん」
どうやら今晩は母の義勇が就也を寝かせたようだった。
実弥はキッチンへと行き、珈琲を淹れようと準備をする。
玄弥は、あの後相手をして!とねだる弟妹達の手前、前世のことについて考えるのを止めていた。けれど、その弟妹達も寝たので今はゆっくりとすることができている。玄弥は映画を観ながら、もう1度前世のことを考えた。
前世では、実弥と義勇は犬猿の仲だと聞いていた。
だが生まれ変わって夫婦になっているのだ。
噂は唯の噂だったのだろうか。本当は、実弥と義勇は同じ柱として、仲が良かったのかもしれない。
でも、いつも水柱に兄の実弥は切れていた、と師匠である岩柱の悲鳴嶼 行冥から玄弥は聞いていたのだ。兄のことを少しでも知りたくて、柱合会議がある度に悲鳴嶼に話を玄弥は聞いていた。実際に兄と関わりの合った悲鳴嶼から聞いたのだ。やはり間違いではない。と、玄弥は犬猿の仲だったのだと認めた。
それが今生で夫婦とは。しかも、第2の性がなければ、唯の同性愛者になってしまっていたかもしれない。
それとも、第2の性があったから、今生では結ばれたのだろうか。
何がどうあって、前世では犬猿の仲だった2人が夫婦になるのか、玄弥には分からなかった。
そこで玄弥はハッとする。
第2の性で2人が結ばれたのなら、実弥と義勇には、前世の記憶がないのではないか、と。
祖父や祖母、周りからも、実弥と義勇は所謂運命の番だと言われていた。
前世の記憶があったのなら、本当は夫婦になっていなかったかもしれない。
そうしたら玄弥は、今生では兄の実弥の弟として産まれて来ていないし、実弥に出会えていなかったかもしれないと考えて、彼は少しぞっとした。
兄弟じゃないのがなんだか不思議な感じだが、例え実弥の息子でも、家族としてもう1度出会えたことに、玄弥は嬉しく思えた。
映画を観ながらつらつらとそんなことを考えていると、リビングに義勇もやって来た。
「何観てるんだ?」
「……前から気になってたゾンビ映画」
「そうか」
そう返事をして、義勇は玄弥の隣へと腰かけた。そこへ実弥が、3つのカップを持ってソファーへとやって来た。実弥は、各々にカップを渡すと、ローテーブルを囲むようにしてL字型に配置してある2つのソファーの内、玄弥と義勇の座るソファーの横にあるソファーに腰掛けた。
「ほらよォ」
「ありがとう」
「あ、に…父ちゃん、ありがと」
危ない危ない、と玄弥は誤魔化すように実弥の持って来てくれたカップを受け取り、中身を見ずに口を付けた。どうやら中身は、丁度良い温さのココアだった。
先程思い出した時は、弟妹達と戯れることで気を紛らわせたが。今意識すると、今生では兄ではなく、父なんだよなぁー…と玄弥は、先程考えていた時はまた家族として産まれて嬉しいとは思ったが、少し複雑になった。しかも母が水柱の冨岡 義勇。兄の実弥と犬猿の仲。この様子だと前世の記憶がないと結論付けたから、自分も記憶のない振りをしなければならない。2人共がもし、思い出したら、離婚、という可能性もあるのだ。
それだけは阻止しなければならない。弟妹の為にも。
実弥と義勇は、自分達子供にとっては、とてつもない良い親で、大好きだからだ。
玄弥も、複雑ではあるが、この両親が大好きなのだ。いつまでも新婚のような、否恋人同士のように幾つになってもイチャイチャと仲の良い2人が、恥ずかしくもあるが羨ましくもあって、自慢の両親だった。自分達子供にも、惜しみ無い愛情を注いでくれているのが分かるから、尚更だ。
だからこそ、玄弥は気を引き締めようと思った。
兄と呼んでしまわないように。実弥と義勇が、前世を思い出さないように。
玄弥は、前世の記憶に蓋をする覚悟を決めた。
「玄弥ァ…話がある。今いいかァ?」
コトリ、と実弥と義勇がソファーの前にあるローテーブルにカップを置いた。
玄弥は、少し目を見開く。
実弥だけではなく、どうやら義勇と2人揃って何やら大事な話があるようだったからだ。
2人の顔が真剣な面持ちなので、玄弥は寛いでいた態勢から少し居ずまいを正し、彼もカップをローテーブルに置いた。
「良いけど………どうしたの?」
「玄弥。お前、思い出したのだろう?」
実弥ではなく、まさかの義勇から聞かれた。
思い出したのだろうとは、何を。否、そんな筈は…と玄弥の頭の中が軽くパニックになる。
記憶がないからこの2人は番になれたのではないのか。何と返事をすれば良いのかと、玄弥は悩んだ。
だが。
「あんな急に思い出すとはなァ…」
くつくつと実弥が笑った。
玄弥が思い出した瞬間のことも気づかれていたとは。と玄弥は言葉を失ったかのようにあんぐりと口を開いたまま呆然とした。
「俺も実弥も、物心ついた辺りから、夢で見るようになって。それが前世の記憶だと、同じ柱の小芭内に初めて出逢って理解した。小芭内も、覚えていたからだ。そして、前世の鬼殺隊だった者は、お館様の調べにより、この街へ集められる。実弥も、それでここに越してきて、再会した」
「俺ァ今生では1人っ子だったけどなァ。いつか玄弥、お前ェにも逢えるって信じてた…呼吸は流石に会得できなかったが。今生こそは大事な奴を守れるようにと、鍛えてきたァ。だから、お前が今日、昼に突然思い出して気配が変わったのが、義勇と俺には分かったんだァ…」
「俺も。俺は今生も前世と同じ、蔦子姉さんの弟として産まれて来れた。おまけに俺はΩだ。自分の身も、姉さんも守れるよう、鍛えた」
それは玄弥も知っている。なにせ、近所にある鱗滝道場の義勇が門下生だったことで、今も家族共々仲良くしているし、義勇にとってもう1人の父のような人が鱗滝 左近次師匠だからだ。玄弥も小さい頃、通っていたし、弟妹達は今通っている。
そこで義勇は鍛えあげられたせいで、周りから脳筋と言われる程に考えるより即判断し行動に移してしまう。そして物理的に強い。Ωなのにとても強い。鱗滝先生の息子でαの錆兎や煉獄道場のαの杏寿郎と互角に渡り合える程に強い。
そしてそれは、独学で学んだという実弥もそうだった。
我が親ながら、最強だな…と玄弥は度々思い知らされる出来事が、この16年で何度もあったくらいだ。
2人が何故そんなにも強いのか。前世の記憶があったからなのかと、玄弥は納得した。
そこではた、と玄弥は2人を見る。
「ほんとに………記憶があるの?なら…なんで…」
だが直ぐにしまった…!口に出してしまったと、口を咄嗟に玄弥は塞いだ。
「何で、とは?」
案の定、義勇に聞き返されてしまって、玄弥はたじろぐ。
「玄弥ァ…」
前世の兄のように圧をかけられた玄弥は、う゛…と唸りながら恐る恐る話す。
「だって…悲鳴嶼さんの所にいる時、噂で…風柱と水柱は、犬猿の仲だったって聞いてたし………兄ちゃんがいつも、水柱に切れてるって、悲鳴嶼さんも言ってたし………だから……………っ」
玄弥は2人に目を合わせることができなくて、視線を膝に置いている両の手に移した。
義勇は、だから…?と後に続く言葉が分からずに首を傾げた。
「だから、今こうして義勇と俺が番になってるのが、おかしいってかァ?」
実弥の言葉で、義勇が違う意味で驚き、玄弥はそうじゃないと慌てて顔を上げてぶるぶると首を振った。
「ち、違う!おかしい、とかじゃなくて!何でなのかな?って不思議でっ…!」
必死になる玄弥を見て、実弥はくつくつと笑って応えた。
「まァ、あの頃の俺達を見てた奴等なら、不思議に思うわなァ…」
「そ、そうなのか…?」
「そうだろォ…テメェだって、なんもかんも終わってから俺が告白したら、有り得ないっつってたろォがァ…」
「それはっ、憧れていた実弥が、俺を好きだなんて信じられなかっただけだ!」
突然の両親のイチャつきに、玄弥は驚いて見ていた。こんなことはいつものことなのだが。2人の言っている言葉に驚いていたのだ。
実弥の話だと、前世で恐らく玄弥が死んだ後、あの無惨を倒したのだろう。そして、義勇の話によれば、その後兄の実弥の方から義勇に告白をしていることになる。ということは、その後の人生を共に生きたということだ。つまり、この2人は前世の時から既に、そういう関係だったのだ。
けれど、何がどうしたら犬猿の仲の2人がそうなるのだろう。と玄弥は分からずに首を傾げた。
「あの頃は、玄弥のためにも、俺ァ鬼を全滅させることしか考えてなかったからなァ…その為なら、大事な奴なんて傍に置きたくなかった。実の弟を遠ざけるくらいだァ。好きな奴を作る訳ねェだろォ…」
「兄貴………」
「本当は、義勇の剣技を見た時から心を奪われてたが………あの頃の俺には、不要なものだった。持ってちゃいけねェもんだと思ってたから、蓋をした」
「実弥…………」
「けど、玄弥ァ…お前が望んでくれただろォ…幸せになってほしいってよォ…」
「うん…」
「だから、鬼の居なくなった今なら、自分の望むままに、生きてみても良いンじゃねェかと思ってよォ…それが、玄弥が望んでくれた幸せってやつなのかと思ってなァ…」
「うん、そうだよ…兄ちゃんはいっつも、俺達の為にって、我慢ばっかしてた…俺はもっと、兄ちゃんにも我が儘になってほしかったんだよ…」
あぁ…前世の小さな玄弥が泣いている。と思うと同時に、ぽろぽろと玄弥の大きな目から涙が溢れ落ちた。
前世で7人兄弟妹だった長男の実弥は、いつだって玄弥達の為にと、なにかとしてくれた。自分の分を、当然のように分け与えてくれた。それが弟妹が増えて自分も大きくなるにつれて玄弥にはいつも、兄の物なのに…と気になっていたのだ。兄はいつも、欲しいとかこれは自分のだとか一切我が儘を言わなかった。それが少し、寂しくもあったのだ。
それがどうやら、玄弥が死んだ後に実弥は思うままに生きたようだった。
自分がその幸せそうな兄の姿を見れなかったことは、少し残念だったように思えるが、それでも、兄の実弥が幸せに生きてくれたのなら、それでいい。
「兄ちゃん」
「ん?」
「幸せだった?」
「あァ。義勇と一緒に生きて、死ぬまで一緒に居れて、俺ァ幸せ者だったぜェ」
兄の実弥が本当に幸せだったと優しく笑うので、玄弥はそれだけでもう充分で、胸がいっぱいになった。
そんな玄弥を見て義勇が優しく微笑むと、玄弥の頭を引寄せて抱きしめた。
「か、母ちゃん?」
本当に大きくなったな…と義勇は玄弥を愛おしく思いながら、ぎゅっと腕に力を込めた。
「義勇ゥー、玄弥が窒息しちまうぞォ」
「む。力加減くらい分かっている」
義勇はむっとしながらも、玄弥の頭に頬擦りをしてなでなでと撫でた。
「お前が俺の子供として産まれて来た時、俺には直ぐに玄弥だと分かった」
「!」
「実弥はまさか…と言っていたが、俺にはお前が、あの玄弥だと分かって、凄く嬉しかったんだ」
「母ちゃん…」
実弥が、優しい眼差しで2人を見ていた。
「前世で、玄弥と俺は関わりがなかっただろう。だから、実弥から弟の話を聞く度に、少し寂しくもあったんだ」
「寂しい?」
「あぁ。俺も、お前と実弥の家族になりたかったから…」
玄弥は驚いて、義勇の顔に頭がぶつからないようにそっと彼の腕の中から顔を上げた。
そこには、優しい眼差しをした親の顔があった。
「それがまさか、お前を産むことができるだなんて…」
「奇跡だよなァ…つか、義勇似がいねェのが気にいらねェんだけど…」
「何を言う。寿美と貞子は、俺に似ていると評判だ」
「そうかァ…?どっちかっつゥと、俺のお袋に似てンだろォ…似てんのは、瞳の色と…睫毛がばっさばさに長い所かァ?」
「……確かに。お義母さんに良く似ているな」
「というか、全員前世の兄弟妹だよね?」
玄弥のその言葉で、義勇と実弥が顔を見合わせた。
「………やっぱりそう思うかァ?」
「俺達もそう思ったから、つい前世と同じ名前を付けてしまったんたが…」
「義勇が絶対玄弥だっつゥから、お前が大きくなるにつれて、マジで玄弥に見えてきてなァ…そしたら、次に産まれてきた寿美も、寿美にしか見えなくてよォ…」
「ムフフ。俺が実弥の弟妹を産めるとはな。嬉しい」
「否、不死川家の血、どんだけ強いんだよ…」
実弥が少しげんなりと項垂れた。
「でも、そのお陰で俺達が産まれたんだよね?」
玄弥が嬉しそうに微笑んで実弥に言った。
「そうだけど………チビ共には思い出してほしくはねェなァ…」
「うん…」
玄弥はしょんぼりとして、実弥の言葉に頷いた。その玄弥を抱きしめたままの義勇が、頭を撫でる。
今生では祖母にあたる志津が、前世では鬼となって弟妹達を殺めたのだ。できることなら、思い出してほしくはない。
「俺は、玄弥にも思い出してほしくなかったんだがなァ…」
実弥の言葉に、玄弥は義勇から身体を離し2人に向き合った。
「確かに前世では、辛い思いばかりだったよ」
その言葉に、実弥が傷ついたかのように顔を歪めた。
「でも、辛いばかりじゃなかったよ」
にこりと義勇が微笑んでくれる。玄弥も微笑み返した。
「思い出せて良かったよ、兄貴。兄貴が幸せだったことが知れて嬉しい。もう1度逢えて嬉しい………俺を産んでくれて、ありがとう。義勇さん、兄貴」
実弥の大きな目に見る見るうちに涙が溢れて零れた。
「玄弥ァ…ごめん、ごめんなァ…!」
そう言いながら、実弥は両手を広げて玄弥へ飛びつくようにして抱きついた。
「うん。俺も…俺もごめんな…兄ちゃん…!」
実弥と玄弥は、お互いが抱きしめ合いながら泣いた。
そんな2人を、義勇は前世の2人に重ねて見ていた。殺を背負った兄の実弥と、兄を追いかけて鬼殺隊に入った弟と。時を超えて漸く兄弟が巡り会えたことに、優しく微笑んで見ていた。
実弥が上弦の壱の鬼と闘った際に、漸く玄弥と兄弟として話すことができたが、すぐに鬼の様に塵となって玄弥は死んでしまったと実弥から義勇は聞いた。守れなかったと、何度も実弥は前世の余生で悔やんでいた。
生まれ変わってみれば、今度は実弥は一人っ子で。自分達も生まれ変わったのだから、玄弥も生まれ変わっているかもしれない。いつか実弥と会わせてあげたいと義勇は望んでいた。まさか自分の子として産むとは思っていなかったが。これも、記憶を持って生まれたからこそ生まれた強い想いが、天に届いたのかもしれないと、義勇は思う。本当は、それ程神を信じている訳ではないけれど。こうも奇跡が起きると、信じてみるのも悪くはないかもしれない。
「か、母ちゃん…」
2人を見ている内に、前世の余生の実弥との想い出に義勇が想いを馳せていると、玄弥が弱々しく彼を呼んだ。
見れば、実弥が玄弥に抱きついたままどうやら眠ってしまったようだった。
義勇は小さく息を吐いて、実弥を玄弥から引き離す。そのまま実弥の頭を義勇の肩に凭れ掛けさせた。
「実弥は、少し緊張していたようだったからな」
「え?そうなの?」
「あぁ。お前が思い出したのを知って、何て切り出そうかと…実弥なりに緊張していたんだ」
「………全然そんな風に見えなかった…」
「ふふ…そりゃあそうだろう。父として、兄として。実弥が悟らせる訳がない」
くすくすと義勇が笑う。兄や父という者は、いつだって見栄っ張りだ。
「兄貴。隠すのうまいからな…」
玄弥が小さく溜息を吐いた。
「そういう玄弥も、隠すのはうまいだろう?実弥にはまだまだだがな」
義勇が不敵に笑う。
実弥と比べられて、玄弥は苦笑した。
「敵うわけないよ。昔から…」
そう言って玄弥は、実弥を誇らしげに見つめて微笑んだ。
そんな玄弥を見て、義勇も愛おしげに微笑む。
「俺もだ」
その言葉に玄弥が驚いたように義勇を見て、そして直ぐに2人してくすくすと笑った。
ーあぁ、幸せだな。
今生はきっと、幸せだ。
そんな風に想いながら、玄弥は義勇と笑いあった。
「おはよう!にいちゃん!」
「はよ、こと」
「おはよー、お兄ちゃん」
「はよ、貞子」
「あ、はよ!兄ちゃん!トイレは後にして、就ー。パンツ吐こうなぁ~?」
「はよー。弘、変わろうか?」
「んー…大丈夫!よし、就。もういいよ」
「あい。おはよー、げんにぃー」
「ん。はよ、就也」
「だっこーげんにぃー」
「はいはい」
「あ!やっと起きたーお兄ちゃん!夜更かし禁止~」
「はよー、寿美。たまにはいいだろぉ~」
「もぅ~!今日はお父さんも遅いしぃ~」
「悪かったよォ、寿美ィ~。そうプリプリすんなってェ」
「今日は買い物行きたいから車出してって言ったのにぃ~」
「今からでも充分行けるだろ?そう怒るなよ、寿美。母ちゃんは?」
「かあちゃ、あっちー」
「あぁ、TV見てたんだ」
「おはよう、玄弥」
「うん。おはよぉ、母ちゃん」
「ほら、ココアでも飲めェ、玄弥。はよォー」
「ん、ありがと。おはよう、父ちゃん」
「しゅうもココアー」
「もうちょい冷めてからなァ」
玄弥はリビングのソファーへと座る。
「玄弥、悪いな…就。おいで」
「かあちゃー」
「就也は甘えただな」
「まだ3歳だし、そんなもんじゃない?」
「ふふ…」
「え?何?」
「いや…流石、6人兄弟妹のお兄ちゃんだな、と思って」
「?そう?」
「あぁ。頼りになる兄ちゃんだ。なぁ?就也」
「うん!!」
変わらない日常。
見渡せば幸せそうに微笑む家族達。
前世を思い出したからといって、何も変わらない。
ーうん。今日も平和でなにより!
そう思いながら、不死川 玄弥は微笑んだ。
終