興味の対象 仕方無いね、今日も見に行くとしようか。
彼の希望で離れの方へ設けられた執務室。最初はこの扉を開くだけでも、大分警戒したものだ。
「……やぁ、満寵殿」
聞こえるのは硯を磨る音と、竹簡同士が擦れ合う音のみ。せめて来客に返事くらいはして欲しいものだけれど、慣れとは恐ろしいもので早速転がった竹簡を拾い上げる自身が居る。
『私が不甲斐無いせいで、李典殿が……』
きっかけは、楽進殿の小さな呟き。どうやら二人で来室の際に彼を庇い、李典殿が扉前に積まれた竹簡の波に押し潰されたとか。今一つ様子が違うのに気付き話し掛けてしまい、この状況を招いている。何処からか集めてきたらしい資料と道具が散乱したこの部屋で、新たな被害者が出ても困るからね。そう言い聞かせ、棚へ分類別に竹簡を整理してやりながら元凶に視線を移す。
「うん、これだ……」
独り納得しながら、筆を動かしていく。恐らく寝食も忘れ、他のことなど全く眼中に無い。最初は呆れたけれど、この部屋が整頓されていく程に何処か愉しみになってきてしまった。興味深々に輝く瞳は生気に溢れ、口元も緩んでいく。私は本来、美しい女性に甘える方が好きな筈だけれど。誰かの羨望を浴び、才を欲する者に追われるのが常だった私には、新鮮で。
興味を惹きたい、私の予想も上回るその脳裏までも覗いてみたい。そして、何より。
探求のみに生きている様な貴方の視界に、映ってみたい。
久々に見えた床に満足し、距離を縮めてみる。不思議と、鼓動が高鳴っていた。その机上には、どれだけの策が広がっているのか。寧ろ適当に縛った髪や広い背中、墨で染まった首筋にも。部屋を綺麗にした分を貰ってもと、唇を近づけた瞬間。
「出来た!これは良い!!あ、郭嘉殿?!」
「……!」
黒い雫が視界に入ったかと思えば、頬の感触に思わず眉を歪めるしかない。
「何時の間にいらっしゃったんです?顔も墨が付いていますよ……あ、もしや……」
私が言葉も発する気にならず、頬を引き攣らせる姿など人に見せたことはかつて無かっただろう。全く以て理解が出来ない、本当に扱いに困る。
「申し訳ありません……ですが、丁度良いところに!これはなかなか使える罠になると思いますので、是非詳細を聞いて頂きたいです」
悪びれるのも最初だけで、矢継ぎ早に話が進むのに溜息を吐いた。それなのに、この部屋で互いに視線を交わす充実感も存在する。
墨を指先で拭いながら、一度瞼を閉じた。やはり人の生とは、縋る価値があるのかもしれない。互いに墨だらけになってまで柄にも無く放っておけず、歳下の男に期待して夢中になるとは。
「面白そうだね……聞こうか」