すぐちゃんの恋 小学生編俺は気づいてしまった、すぐちゃんに追いつけない事に、俺が小学一年生になるとすぐちゃんは二年生になる、俺が二年生になると三年生になる、と言うことは俺が六年生になるとすぐちゃんはまた居なくなる。
幼稚園とは違い小学校の校舎は大きい。たまに会えて居た園とは違い全くと言って良いほど校内で会うことはなかった。
年齢が違うとは、学年が違うこう言う事なのだ、どう頑張っても追いつけない、年齢差は縮まる事はないのだと気がついてしまった、気づいた時には俺はもう小学四年生になって居た。
帰りの会が終わると一目散に教室を出て渡り廊下を急ぎ足で歩く。
俺の通う小学校は三年生と四年生は旧校舎を使用していてる。新校舎につながる窓ばかりの渡り廊下を通り一つ下の階に降りると、お目当ての五年一組すぐちゃんの教室がある。教室の扉が開いていると言う事はすぐちゃんのクラスも帰りの会が終わっていると言う事だ。
「すぐちゃーーーん!」
大きな声で呼ぶ、クラスの皆んなが一斉にこちらに注目する、なんて事は今更なくてランドセルを背負ってすぐちゃんが窓際の席からクラスメイトに笑顔でバイバイと手を振って、こちらに向かってやってくる。
六時間授業の日はすぐちゃんを迎えに行き一緒に帰る、大切な時間だ。本当は毎日一緒に帰りたいけどすぐちゃんの方が帰りが遅くなる時が多い。六時間授業はすぐちゃんの方がもちろん多いし委員会も有る、クラブ活動はすぐちゃんと同じ陸上部に入った。ついでにすぐちゃんと仲の良い硝子も陸上部だ。
「さとるくんお待たせ」
朝一緒に登校して以来のすぐちゃんとの再会に心が踊る。
すぐちゃんが五年生になり初めて教室まで迎えに行った時は扉の近くに居た生徒に声をかけて呼んでもらったのだが声をかけたやつがまずかったのか「夏油、男の子のお迎えだぞー」と大声で呼んでしまったのだ、扉の向こうに居る俺の顔を一眼見ようと教室中の視線が俺に向いた、俺の顔を見たやつらが「夏油さんの彼氏?」「すごいイケメン!」とざわつきはじめてしまったのだ、そこにすかさずすぐちゃんは「家が隣なの幼なじみだよ」と言って「さとるくん帰るよ、みんなまた明日、硝子も一緒に帰ろう」と言って教室を出たのだった。
校門を出るまで誰も喋らなかった嫌な気持ちにさせちゃったかな?と不安になる。
「すぐちゃん怒ってる? ごめんね」
「怒ってないよ」
「迷惑じゃなかった? また、迎えに行ってもいい?」
「迷惑じゃないよ、待ってるね」
「お前ら、ほんと仲良いな、私だったらあんなお迎え目立って嫌だわ」
そう言うわけで俺が迎えに行くのが常になってしまった五年一組の生徒達は最初こそざわついたが今ではいくら大声で呼ぼうともまた来た位の反応しかなくなってしまったのだった。
「すぐちゃん、五年生って大変?」
「楽しいよ、硝子も居るしね」
「ふーん」
「もうすぐでさとるくんも五年生だね」
「すぐちゃんは六年生だね」
「うん、勉強頑張んなくちゃ」
何度だって思う本当は、すぐちゃんと一緒に六年生になりたかった。同じ教室で授業を受けて同じグループになったりして机を向かい合わせにして給食を食べたり、楽しいことも勉強も全部すぐちゃんとしたかった。
俺は今までの人生の中で一番深刻な顔をしていたと思う。
「母さん、六年生になりたくない!」
「えっ? どうしたの悟」
「だって、すぐちゃん居なくなっちゃうもん!」
「ハァ…心配して損したわ、ほんと悟はすぐちゃんの事しか考えてないわね、他になんかないの?」
「無い! 俺すぐちゃん好きだもん! すぐちゃんが居ない人生なんて生きてないのと同じ事だから!」
「何あんぽんたんな事言ってるの」
「本気だもん!」
息子のすぐちゃん好きは重症である、口を開けばすぐちゃん。勉強を頑張るのもすぐちゃんのため、陸上部に入ったのもすぐちゃんと同じが良かったから。
すぐちゃんにもし彼氏ができたらどうなるんだろうと本気で心配してしまう時がある。すぐちゃん悟の事貰ってくれないかしら…。
「悟はすぐちゃんの事好きなの?」
「はぁ? 好きに決まってんだろ!」
親に向かって言う言葉じゃ無い、顔にはすごいシワが寄っている。
「すぐちゃんが悟の事、好きじゃなくても?」
「えっ?俺の事嫌いってすぐちゃん言ってたの?」
今度は泣きそうな顔をしている、息子は本当にすぐちゃんの事が好きなようだ。
「言ってない! 断じて言っていないわ、大丈夫だから安心しなさい」
「すぐちゃんのランドセルに俺とお揃いのイルカのキーホルダーまだ付いてるもん嫌いだったらつけないもん」
「そうね、悟のイルカさんはボロボロになっちゃったから悟の部屋でお留守番してるわね」
息子を抱きしめて落ち着かせようと背中をポンポンと叩く、いつか背中を叩かれる子どもではなくて大切な人の背中を叩けるような、抱きしめてあげられるような子になって欲しいと思った。
眠ろうとベッドに潜り込むと今日、母さんと話した内容がふと再生される。
俺はすぐちゃんのことが好き、これは明白である。では、肝心のすぐちゃんはどうなのだろうか、幼なじみで? それ以外の俺に向ける気持ちを聞いたことがない。もしかしてクラスメイトに好きな人がいるのかも知れないクラスメイトじゃなくても同級生に、急に不安になって来た、布団の中に潜り込んで背中を丸めてギュッと手を握り込んで、必死にそんな事はないと言い聞かせる。
ん? すぐちゃんと仲のいい男子! 居た! え? 違うよね? 違う、違う、違う、違うと永遠に頭の中で繰り返し気が付いたら眠ってしまったのだった。
毎週水曜日はクラブ活動がある、すぐちゃんと同じ陸上部だ。楽しみなのだが昨夜は考え事をしていたせいで寝つきが悪くいつ寝たのかもわからない若干寝不足な気もするのだ、それでもすぐちゃんと過ごせる時間は楽しみでウキウキしながら七海と灰原と一緒に校庭に向かうと、すでに体操服を着たすぐちゃんと硝子、上級生が校庭に集まっていた。
先生がやってくるとしっかりと準備体操をして、まずは体力作りのために校庭を五周するのだが、すぐちゃんと灰原は一緒にスタートしたはずの皆んなをどんどん抜かして一周遅れにさせると言う体力とスピードの持ち主で、いつも二人並んで走っている。ムキになって一度一緒に走ったことがあったが途中で疲れてしまって、いつもより遅いタイムになり向いてないなと思ってから無理についていくのは辞めた。かっこ悪いし。
灰原は俺の友達で何事にも動じずに真っ直ぐで、とても良いやつなんだけど、いかんせんすぐちゃんと仲が良い、すぐちゃんも灰原の事が気に入っているのかいつも楽しそうに話している。長距離を得意とする生徒は少ないので自ずと二人でいる時間も増えるのだろう、もしかしてすぐちゃんって灰原の事が好きなの? 灰原もすぐちゃんの事好きだったりする? 昨日の夜頭に浮かんだ男子とは灰原の事だった。 でも、それは、ダメだ絶対に! あってはならないのだと俺の魂が否定する。だって、俺の方がすぐちゃんと先に出会ってるし! 俺の方が先に好きだし! 灰原は友達だけど! ダメなものはダメなのだ。
「おい五条、顔が怖いぞ、二人の事見過ぎだ」
五人分ほど離れた場所に居るすぐちゃんを見つめていただけなのに隣に立っていた硝子に咎められた。灰原のことは見ていたつもりはない。悪い事なんかしてないのに、それに、ただ好きな子を見ているだけなのに。
「だってすぐちゃん、俺じゃなくて灰原とずっと一緒にいるんだもん」
何が、だもんだ。可愛くない、それに灰原の隣に七海だっている二人きりでは決してないのだが、五条には七海の事が全く見えていないようだった。クラブ活動中くらい夏油を譲ったらどうだ。教室での夏油の人気者ぶりを見たらこいつは発狂するんじゃないか? と思ったが教えるつもりはない、うるさいと分かりきっているからだ。
小学生のクラブ活動は競技別に分かれて活動する事はない、皆んなで同し競技をする。ただ得意な競技、好きな競技で何となくグループが出来上がってしまう。
「何、友達に妬いてんの?」
「悪いかよ!」
硝子は他人事だと思ってゲラゲラと笑っている。流石に笑いすぎだろと噛み付こうした所、先生に家入さん五条くんうるさいですよと注意された。いくら遊びみたいなクラブ活動でも流石にうるさくしすぎたようだ。皆んなが俺と家入に注目をした。
「お前のせいで注意されたじゃないか」
「はぁ? 硝子がうるさかったんだろ! すぐちゃんにダサい所見られたじゃんかっ!」
不機嫌を隠しもせずに俺は硝子に噛み付いたが、やれやれと言った表情をした硝子はそれ以上の会話をしようとはしなかった。俺もまた注意されて、すぐちゃんにダサい所を見られるのは嫌だったので口を閉じた。
クラブ活動が終わると途端に騒がしくなる、各々が帰りの支度をしながら仲の良い子達と分かれて会話を楽しんでいる。俺はいつもはすぐちゃんに話しかけに行くのだが今日は一目散に灰原に声をかけた。
「灰原ってすぐちゃんのこと好きなの?」
「うん、夏油さんはカッコよくて憧れの先輩なんだ! だから良いところ見せたい!」
「じゃあ、俺たち今日から友だちじゃなくてライバルだな」
「えっ? どうして?」
「俺もすぐちゃんのこと好きだから」
真剣な顔で灰原の事を見たら大きな声で急に灰原が笑い出した。
「誤解してるよ、僕は人として、先輩として好きなんだ。恋愛感情はない、それに出会った頃から五条くんが夏油さんの事しか見てないのわかってるから」
灰原は活発的で素直で明るくて、変な気も回さないし、良いやつだ。
そこに帰り支度が終わったすぐちゃんと硝子がこちらに声をかけて来た。
「おい、さっさと帰るぞ」
「悟くん、灰原くん、七海くんもう帰れる?」
すぐちゃんは可愛い、最高に可愛い、みんな帰れる? と聞けば良いのにわざわざ名前を呼んでくれる、可愛い、最高である。俺は帰れる! と元気に返事をしてランドセルを背負いすぐちゃんの後に続く、その後ろでは硝子と七海がやれやれと言った顔をしながら歩いている。
「家入さんさっきの灰原達の会話聞こえてましたか?」
「聞こえて無いけど、わざわざ聞くって事は、なんとなく想像はつくけど、あいつクラブ活動中に威嚇してたからな」
「そうですね…夏油さん関連に関しては本当に困ったものです」
「本当にな」
でわ、お疲れ様でしたと丁寧に挨拶をする七海と、お疲れ様でーすと元気に挨拶をする灰原とは校門を出て直ぐに別れた。
「すぐちゃーん、宿題しに今日も遊びに行っていいー? 俺んちでも良いけど!」
「うん、一度帰ってからおいで、硝子もくる?」
「五条がうるさいから私はパスそれに宿題しに遊びに行くっておかしいから!」
「あっ、本当だ!」
楽しそうに夏油と五条は笑う、お似合いの二人だなと思った、いい加減に五条がうるさいから、くっついてくれたらいいのにと思うものの夏油からそういった話は聞かないし、そんな素振りは見せない、かと言って灰原が好きと言う素振りもない、恋愛に疎いのか、それとも興味がないのか、まぁ、まだ小学生だし夏油が何かの拍子に五条を好きになる事はあるかも知れない。近くに良すぎて異性として見ていない可能性もある。まぁ、頑張れよ五条。夏油を落とすのは少し難しいかも知れないぞ、と心の中で独りごちる。
すぐちゃんは六年生まで陸上クラブを続けた、学年毎に好きなクラブ活動を選べるのに走るのが好きなすぐちゃんはずっと陸上クラブだった。すぐちゃんは今年の三月に小学校を卒業した、卒業式は六年生を送る言葉、送る歌を贈った。寂しくて泣きそうだったけど、もう小学生だし泣くとかダサいこと出来ないから我慢したけど、家で泣いたら母さんに笑われたけど慰めてくれた。家は隣だから会おうと思えばいつでも会えるのに、小学生と中学生では生活が違うから会える時間が減るのを知っていた。
四月になりお互いに新生活が始まった。すぐちゃんが居なくなった学校は物足りなかった、自ずとクラスメイトと過ごす時間が増えた、七海とは分かれたが灰原とは五年六年と同じクラスになった。灰原は陸上クラブに入ると言う、すぐちゃんが居なくなった陸上クラブに居る意味ってあるのかなと思い違うクラブ活動を選ぼうと考えていた。
余りにもすぐちゃんを中心に生きて来たから正直したいものが無かった。すぐちゃんが越して来てから、ずっとすぐちゃん一筋だった、別にそれはいいことなんだけど、これってもしや金魚の糞と言うやつなんじゃないかと気が付いてしまった。意味はよく知らないけど。すぐちゃんは俺の事を全て受け入れてくていた、もしかして幼なじみで、家が隣で毎日と言っていいほど顔を合わせて、お互いの家を行き来して家族ぐるみでお出かけをしたり誕生日は必ず一緒に過ごしていたしクリスマスも合同でして低学年までは一緒にお風呂に入ったり同じ部屋でお泊りもしていたから家族に思われてるのかも知れない、弟にしか見られていないんじゃないかと思うと言う背筋がゾッとした。家族になりたいんじゃなくて恋人になりたい、もちろん最終的には家族になりたいけど。そう言うんじゃなくて、そう! 男として見てもらいたい。可愛い弟じゃなくて、かっこいい頼ってもらえる五条悟になりたいと思った。
まずは少しでもすぐちゃんにかっこいいと思ってもらうには、どうしたらいいかと考える。新しいノートを取り出して机に広げる。中学生までにかっこいい男になって、すぐちゃんに意識してもらえるようになる! そう目標を立て俺は何をすべきかをトートに書き連ねる事にした。まずは、自分の意思を持つ、これは一番大切な気がした、そばに居たいからと、なんでもすぐちゃんの真似をしていたから。それから、勉強はもっと頑張る、すぐちゃんはみんなに平等に接する、俺はそんなこと出来ないから人を威嚇しないとか? うーん、かっこいいってなんだろう、頼りになるってなんだろう。ノートと鉛筆を持ってリビングに向かった。キッチンで夕飯を作っている母に声をかける。
「ねー、かっこいい男ってどんな人かなー?」
「どーしたのー? 急に」
「すぐちゃんにかっこいいって思われたいんだけどさー良くわかんなくって」
「でた、悟のすぐちゃん話」
「ねーえー! 俺真剣なんだけどー!」
バシバシとダイニングテーブルを叩きながらイライラしている様子が見てとれた。
「そうね、まず気が短い男はかっこよくない、そうやってテーブルを叩いたりするのも良くないわね、びっくりされちゃうわよ」
ピタリとテーブルを叩く手が止まると同時に両肘をテーブルにつき顎を乗せると唇を尖らせむくれている。
「かっこいいって難しい」
自分の部屋から持って来ていたノートを開き鉛筆を握る。気が短い男はだめ、机を叩くのもだめと書き足した。かっこよくなるための第一歩。ノートが埋まる頃にはカッコよくなれているだろうか。一年後なんてまだ分からないけど、なれるように努力しようと思う。
「何書いてるの?」
「かっこいい男になるためのマル秘ノート! いい男になってすぐちゃんに好きになってもらえるように頑張るんだ!」
真っ直ぐな目をした彼はどこまでも彼女との未来しか見ていないのだ。頑張って自分を磨いて、努力をして好きになってもらえたら、それが最高の幸せなのだ。
それから俺はクラブ活動を陸上では無くて家庭科クラブに決めた、行ってみれば男子はたったの四人しか居なかったが、まぁまぁ楽しくやっている、料理も裁縫も学校の授業でしか体験したことはなかったがやってみたら、案外楽しくて将来役に立ちそうだし、すぐちゃんに料理を作ってあげたら喜ぶんじゃないかなと選んだ。それに母さんが料理をできる男はかっこいいと言っていた。結局すぐちゃんのためにしたい事を選んでしまうのは変わらないのだけど、きちんと自分の意思でクラブ活動を決めた事に意味があると思っている。好きな子にかっこいいと思われたいって思うのは当然の事だと思うから。